...関八州とは、江戸時代に存在した中部地方と関東地方を指す地域名称...
...関八州の歴史に関する書籍が最近注目を集めている...
...「関八州の歌合せ」という歌会が開かれたことがある...
...関東と中部の境目が関八州とされている...
...関八州を舞台にした歴史小説が人気を博している...
...頼朝の関八州をうちて一丸と為さむとするや...
芥川龍之介 「木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)」
...源頼朝が召集した関八州の兵(つわもの)が轡(くつわ)を並べて集まりました...
中里介山 「大菩薩峠」
...頼朝がここに集めた関八州の兵は...
中里介山 「大菩薩峠」
...彼等は関八州を蜂の巣のようにつき乱すと共に...
中里介山 「大菩薩峠」
...「天正十八年七月……北条の旗下(きか)に属せし関八州の城々一カ所も残らず攻め落して...
中里介山 「大菩薩峠」
...関八州の水が張りきっているという感じがするね...
中里介山 「大菩薩峠」
...主として関八州を流浪して...
中里介山 「大菩薩峠」
...その兵法の如きも、規律あり、節制ある当今の西洋流と少しも違わない、近頃まで八王子に、信玄当時の槍法が残っていて、毎年二度、その槍法の調練をすることになっていたが、その槍を使うのを見ると、近頃のように、お面お胴というふうな、個人的の勝負ではなくて、大勢の人が一様に槍先を揃えて、えい、えい、えい、と声をかけながら、初めは緩(ゆる)やかに、次第次第に急になり、漸く敵に近づくと、一斉に槍先を揃えて敵陣へ突貫するのだ、ちょっと見たところでは甚だ迂闊(うかつ)のようだが、おれは後で西洋の操練を習ってから、はじめてこの法のすこぶる実用に叶(かな)っていることを知った」「北条早雲という男も、なかなかの傑物であったに相違ない、赤手空拳でもって、関八州を横領し、うまく人心を収攬(しゅうらん)したのはなかなかの手腕家だ...
中里介山 「大菩薩峠」
...関八州は管領の所領であって...
中里介山 「大菩薩峠」
...この関八州へ移封されたのだが...
中里介山 「大菩薩峠」
...なんしろあの中へ北条氏が関八州の強者(つわもの)八万騎を入れて八カ月を持ちこたえ...
中里介山 「百姓弥之助の話」
...同じ関八州でも渋沢栄一(しぶさわえいいち)一門や高島嘉右衛門(たかしまかえもん)のように...
服部之総 「新撰組」
...大江戸の昔年々の除夜に王子装束榎の下へ関八州の狐が寄りつどつて狐火を燃やしたと云ふ広重浮世絵の光景を説き...
正岡容 「滝野川貧寒」
...古川柳にも「元日に関八州の毛を拾ひ」と王子狐火に材した吟詠がのこつてゐるので...
正岡容 「滝野川貧寒」
...北条早雲が箱根山の頂上で関八州を睥睨して...
正宗白鳥 「空想としての新婚旅行」
...五畿内東山道 45%東海道 45関八州 30―40奥州 28羽州 40北陸道 54山陰道 32山陽道及南海道 55西海道 50―――――――――――――○ 42.4%これから古米食込高一二%を入れ戻せば...
森鴎外 「大塩平八郎」
...しかも関八州の農村に...
柳田國男 「水海道古称」
...関八州にあばれた頃は...
吉川英治 「宮本武蔵」
便利!手書き漢字入力検索
