...二雄藩の勢力の残存すべきでない...
大隈重信 「勢力の中心を議会に移すべし」
...◎伊賀(いが)の上野(うえの)は旧藤堂(とうどう)侯の領分だが藩政の頃犯状(はんじょう)明(あきら)かならず...
関根黙庵 「枯尾花」
...百有余所の大藩有林を設けるに及んだ...
太宰治 「津軽」
...先づ藩閥元老の承認を求むるの手段を執りたり...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...私の父は当藩主の世子の頃その役を勤めた関係もあったから...
内藤鳴雪 「鳴雪自叙伝」
...是非貴藩にも連合せられたいと迫った...
内藤鳴雪 「鳴雪自叙伝」
...藩の学政は思う存分に改革する機会を得た...
内藤鳴雪 「鳴雪自叙伝」
...苟(いやしく)も藩の御殿の床下へ矢を射込んで...
中里介山 「大菩薩峠」
...自分には有力なる大藩や公卿のバックがある...
中里介山 「大菩薩峠」
...一方長州藩は京都藩邸留守居宍戸(ししど)九郎兵衛を物産取組内用掛(ごないようががり)に任じ...
服部之総 「志士と経済」
...昔は藩の学校だった...
葉山嘉樹 「死屍を食う男」
...彼らのあり方をごそッと根こそぎに覆した廃藩置県が成し遂げられていた...
本庄陸男 「石狩川」
...藩の仕置に責任があったことを思うと...
山本周五郎 「ちくしょう谷」
...藩主の参覲(さんきん)の供に加わって...
山本周五郎 「竹柏記」
...藩主長知公京都へ御上洛の節...
夢野久作 「梅津只圓翁伝」
...伊勢陣から凱旋(がいせん)して、洲股(すのまた)の居城へ着いたのは、十日も前であったが、帰城早々、将士の賞罰とか、藩務を聴くとか、藤吉郎は間断なく公務に取りまかれていて、彼のからだは、妻のものでもなく、老母のものでもなかった...
吉川英治 「新書太閤記」
...時代のせいもあるが、年少すでに童色(どうしょく)を談じ、小身者(しょうしんもの)はよく猥褻(わいせつ)をささやくので、それと語るのを歓び、歌舞伎のまねをしていつのまにか三味線を覚えたり、また、鷹野(たかの)にでも行く時は、天鵞絨(ビロード)の襟にふくら雀の紋を金糸(きんし)で縫わせたのを着て、見よがしに歩いてみたり――なにしろ藩中では、いや他藩までも、(権現さまのお孫にも、とんでもないお胤(たね)があるものではある)と、悪評やら、痛嘆やら、ひどくいわれたものであった...
吉川英治 「梅里先生行状記」
...山の木戸を守っていた藩士を打ち殺し...
吉川英治 「宮本武蔵」
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