...これは老子とか莊子とか荀子とかいふやうなものでありまして...
内藤湖南 「支那の書目に就いて」
...孟子と荀子とは相違があつても...
内藤湖南 「支那目録學」
...大體荀が中經を作つた時...
内藤湖南 「支那目録學」
...結局荀子は秦始皇帝が皇帝となりて後間もなく百歳位の高齡で死んだと考へてよいと思ふ...
服部宇之吉 「荀子解題」
...その師なるの故を以て荀子を攻撃する人も有るが...
服部宇之吉 「荀子解題」
...孟子の所謂性と荀子の所謂性とは其の對象が違ふことを知らねばならぬ...
服部宇之吉 「荀子解題」
...『荀子(じゅんし)』に〈仲尼(ちゅうじ)の状面※(き)を蒙(かぶ)るがごとし〉...
南方熊楠 「十二支考」
...」環を賜ふは荀子の「絶人以...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...荀(じゅんいく)をつれて...
吉川英治 「三国志」
...荀(じゅんいく)は...
吉川英治 「三国志」
...荀(じゅんいく)や劉曄(りゅうよう)が...
吉川英治 「三国志」
...荀(じゅんいく)などは...
吉川英治 「三国志」
...荀は、しばらく、半眼のまま口をとじていたが、「関羽を城中においては、百たび攻めても陥ちますまい...
吉川英治 「三国志」
...これらの二心ある醜類をことごとく軍律に照して断罪に処すべきでしょう」荀攸(じゅんゆう)がそばからいうと...
吉川英治 「三国志」
...荀に加勢していった者がある...
吉川英治 「三国志」
...荀(じゅんいく)は...
吉川英治 「三国志」
...――さりとは、荀攸も、人の肚の見えないやつだ」面と向っていわれたのとちがって、これはかえって耳に痛い...
吉川英治 「三国志」
...荀は、静かに、「そうです...
吉川英治 「三国志」
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