...露のひぬま……と書かれた扇を手文庫から出して人知れず愛着の思いを舒(の)べているところに跫音がして...
上村松園 「朝顔日記の深雪と淀君」
...三 舒明天皇...
稗田の阿礼、太の安万侶 「古事記」
...岡本の宮においでになつて天下をお治めなさいました天皇(舒明天皇)・ナカツ王・タラの王のお三方です...
稗田の阿禮、太の安萬侶 武田祐吉訳 「古事記」
...上品(ひん)に用ふる処の毛よりも細(ほそ)き糸を綴兆(しゞめたり)舒疾(のべたり)してあつかふ事...
京山人百樹刪定 「北越雪譜」
...五その後舒林寺の住持の方からもお話がありまして...
橘外男 「蒲団」
...他方に液体の分子集合の緩舒(かんじょ)な状態を考えれば...
寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
...舒業順敍緒也といふのには...
内藤湖南 「爾雅の新研究」
...これは寧ろ初め舒業順の三字を敍の字で以て解釋するのみで足つてゐたのを...
内藤湖南 「爾雅の新研究」
...かういふ考へ方からかりに研究の順序をまとめて述べて見れば、先づ劉向父子の遺著、漢藝文志、それから揚雄の法言、方言、王充の論衡と云ふ樣な、即ち前漢末、後漢初の著述を一の標準として、其の以前の古書がどこまで其の標準よりも古い實質を保存して居るか、又どこまで竄亂があるかと云ふことを一應判斷し、それから今一歩進んで、史記を中心として、同時代の董仲舒、それから今少し前の淮南子、賈誼新書とか云ふ者、即ち秦火の厄に罹つた後、古書が始めて世に出でた時、間もなく著述されたあらゆる本を標準として、その以前の本をしらべ、その竄亂の程度を知り、更に遡つて呂子春秋の如き戰國の著述に及ぶのである...
内藤湖南 「支那古典學の研究法に就きて」
...それを馬子の子の蝦夷等が變更して舒明天皇を位に即け奉つた...
内藤湖南 「聖徳太子」
...夏姫の子の徴舒(ちょうじょ)が前を過ぎた...
中島敦 「妖氛録」
...「徴舒はお前に似てるぞ!」行父は笑って直ぐに酬いた...
中島敦 「妖氛録」
...脚を舒(の)べて睡るに反し...
南方熊楠 「十二支考」
...その他哥舒翰(かじょかん)がその馬赤(せき)将軍の背に朝章(ちょうしょう)を加え...
南方熊楠 「十二支考」
...四月十七日四月二十一日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 上落合より(赤城泰舒筆「雨海を渡る」の絵はがき)〕第十二信の別...
宮本百合子 「獄中への手紙」
...玉杖柳辺耀耀舒...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...愁緒千条不展舒...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...舒(徐)の地方から来たといわれる徐福なども...
柳田国男 「故郷七十年」
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