...能楽において、勧進帳の後半、義経軍との一戦に敗れ落命する福原伯耆守の様を演じる...
...四国九州の勢力を福原に集中するの急務なるを察せしなれ...
芥川龍之介 「木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)」
...○治承四年十月二十三日 入道相国福原の新都を去り...
芥川龍之介 「木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)」
...平氏は、福原の遷都を、掉尾の飛躍として、治承より養和に、養和より寿永に、寿永より元暦に、天暦より文治に、円石を万仞の峰頭より転ずるが如く、刻々亡滅の深淵に向つて走りたりき...
芥川龍之介 「木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)」
...福原の舊都まで攻上(せめのぼ)りしが...
高山樗牛 「瀧口入道」
...関白殿の御事、北の政所(まんどころ)より仰せられ、御命ばかりはお助け申し上げようと様々にお骨を折られましたが、如何(いか)にしてもお赦しが出ず、検使のために福島左衛門大夫、福原右馬助、池田伊豫守の三人をお遣わしになりました、急ぎ最期の御用意をなされい、思し召し置く事も候わば、此の者に仰せ聞けられ候え、後々の御孝養(きょうよう)は懇(ねんごろ)に沙汰を致すでござろう、と云う口上である...
谷崎潤一郎 「聞書抄」
...そばで一緒にポスターを書いていた五高の福原も...
徳永直 「白い道」
...福原局長は文部省の意志を公けにするため...
夏目漱石 「博士問題の成行」
...慶應義塾の文科生時代に級友の井汲清治、福原信辰、それに今は亡き宇野四郎等と先生ともどもに銀座へ歩き出たりした事は幾度かあつたが、その頃から殆ど二十年振の今日思掛ない事柄が老先生とのかういふ半日を與へてくれた...
南部修太郎 「日曜日から日曜日まで」
...福原からも離れてしまいました...
藤野古白 藤井英男訳 「人柱築島由来」
...第二場 福原屋敷の一室一面の平舞台...
藤野古白 藤井英男訳 「人柱築島由来」
...わしも行って来る」福原主水も...
吉川英治 「鬼」
...福原主水様がいらっしゃいました」と告げた...
吉川英治 「鬼」
...福原から箱船で土佐の国へ送られて行ったが...
吉川英治 「私本太平記」
...すでに福原の開地は着工させ...
吉川英治 「随筆 新平家」
...福原の雪ノ御所なる入道相国の夢も...
吉川英治 「随筆 新平家」
...清盛は福原の別業へまで連れて行っている...
吉川英治 「随筆 新平家」
...福原の荘へ赴(おもむ)いて...
吉川英治 「源頼朝」
...福原の海岸へは、ことしの夏も、知盛(とももり)、維盛(これもり)、忠度(ただのり)、敦盛(あつもり)など一門の大家族が、各の別荘へ、みな避暑に赴(おもむ)いていたが、秋風と共に、遊び飽きない姫や公達輩(きんだちばら)も、ようやく、都へもどって来た頃だった...
吉川英治 「源頼朝」
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