...会者、鳴雪、碧梧桐、五城、墨水、麦人、潮音、紫人、三子、孤雁(こがん)、燕洋(えんよう)、森堂、青嵐(せいらん)、三允(さんいん)、竹子(ちくし)、井村、芋村(うそん)、坦々(たんたん)、耕雨...
高浜虚子 「五百句」
...三津の生簀(いけす)で居士と碧梧桐君と三人で飯を食うた...
高浜虚子 「子規居士と余」
...余と碧梧桐君とは連句というものがどんなものかそれさえ知らなかったのを居士は一々教えながら作るのであった...
高浜虚子 「子規居士と余」
...間もなく碧梧桐君もその岩に掻(か)き上ってしまって最後には余一人取り残された...
高浜虚子 「子規居士と余」
...六京都に着いた翌日早速碧梧桐君と連れ立って余のクラスの受持であった服部宇之吉先生の家を訪問した...
高浜虚子 「子規居士と余」
...それがむずかしければ二高でも四高でもいいなどと言って遣って碧梧桐君を労しておいたのだが...
高浜虚子 「子規居士と余」
...余は此の碧梧桐君の言も母堂の言も決して否認しようとは思わぬ...
高浜虚子 「子規居士と余」
...河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)君や...
高浜虚子 「漱石氏と私」
...その山会に出席するものは四方太、鼠骨、碧梧桐、私などが主なものであった...
高浜虚子 「漱石氏と私」
...先ずそれには碧梧桐(へきごどう)の新傾向論が遂(つい)に俳句を無季...
高浜虚子 「俳句への道」
...その後に冬木立の逆様(さかさま)に映った水面の絵を出したらそれは入選したが「あれはあまり凝(こ)り過ぎてると碧梧桐(へきごどう)が云ったよ」という注意を受けた...
寺田寅彦 「明治三十二年頃」
...大学からは、のちの文学博士野上豊一郎君や、大審院検事の柴碩文君が定連だったし、荻原井泉水、高浜虚子、河東碧梧桐、三井甲之、内藤鳴雪なんぞの顔も、大抵見えた...
野村胡堂 「胡堂百話」
...ところがカナリヤの夫婦は幸いに引取手があって碧梧桐のうちの床の間に置かれて稗(ひえ)よハコベよと内の人に大事がられて居る...
正岡子規 「病牀苦語」
...きのふ朝倉屋より取り寄せ置きし画本を碧梧桐らと共に見る...
正岡子規 「病牀六尺」
...碧梧桐(へきごとう)...
正岡子規 「病牀六尺」
...碧梧桐(へきごとう)...
正岡子規 「病牀六尺」
...しかしながらこの句の句法に至つては碧梧桐青々などのよく作るところで余は平生より頭ごなしに排斥してしまふ方であつたから...
正岡子規 「病牀六尺」
...碧梧桐氏はからからと笑つてそれを平然として受取られるべきである...
室生犀星 「俳句は老人文学ではない」
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