例文・使い方一覧でみる「癸」の意味


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...外に「酉年高麗瓦匠造」と書いてある...   外に「癸酉年高麗瓦匠造」と書いてあるの読み方
伊波普猷 「土塊石片録」

...二日、酉、相州、胤長の荏柄の前の屋地を拝領せられ、則ち行親、忠家に分ち給ふの間、前給の人を追ひ出す、和田左衛門尉義盛、代官久野谷弥次郎、各卜居する所なり、義盛鬱陶を含むと雖も、勝劣を論ずれば、已に虎鼠の如し、仍つて再び子細を申す能はずと云々、先日一類を相率ゐて、胤長の事を参訴するの時、敢て恩許の沙汰無く、剰へ其身を面縛し、一族の眼前を渡し、判官に下さるること、列参の眉目を失ふと称し、彼日より悉く出仕を止め畢んぬ、其後、義盛件の屋地を給はり、聊か怨念を慰せんと欲するの処、事を問はず替へらる、逆心弥止まずして起ると云々...   二日、癸酉、相州、胤長の荏柄の前の屋地を拝領せられ、則ち行親、忠家に分ち給ふの間、前給の人を追ひ出す、和田左衛門尉義盛、代官久野谷弥次郎、各卜居する所なり、義盛鬱陶を含むと雖も、勝劣を論ずれば、已に虎鼠の如し、仍つて再び子細を申す能はずと云々、先日一類を相率ゐて、胤長の事を参訴するの時、敢て恩許の沙汰無く、剰へ其身を面縛し、一族の眼前を渡し、判官に下さるること、列参の眉目を失ふと称し、彼日より悉く出仕を止め畢んぬ、其後、義盛件の屋地を給はり、聊か怨念を慰せんと欲するの処、事を問はず替へらる、逆心弥止まずして起ると云々の読み方
太宰治 「右大臣実朝」

...三日、卯、小雨灑ぐ、義盛粮道を絶たれ、乗馬に疲るるの処、寅剋、横山馬允時兼、波多野三郎、横山五郎以下数十人の親昵従類等を引率し、腰越浦に馳せ来るの処、既に合戦の最中なり、仍つて其党類皆蓑笠を彼所に棄つ、積りて山を成すと云々、然る後、義盛の陣に加はる、義盛時兼の合力を待ち、新羈の馬に当るべし、彼是の軍兵三千騎、尚御家人等を追奔す、義盛重ねて御所を襲はんと擬す、然れども若宮大路は、匠作、武州防戦し給ひ、町大路は、上総三郎義氏、名越は、近江守頼茂、大倉は、佐々木五郎義清、結城左衛門尉朝光等、各陣を張るの間、通らんと擬するに拠無し、仍つて由比浦並びに若宮大路に於て、合戦時を移す、凡そ昨日より此昼に至るまで、攻戦已まず、軍士等各兵略を尽すと云々、酉剋、和田四郎左衛門尉義直、伊具馬太郎盛重の為に討取らる、父義盛殊に歎息す、年来義直を鍾愛せしむるに依り、義直に禄を願ふ所なり、今に於ては、合戦に励むも益無しと云々、声を揚げて悲哭し、東西に迷惑し、遂に江戸左衛門尉能範の所従に討たると云々、同男五郎兵衛尉義重、六郎兵衛尉義信、七郎秀盛以下の張本七人、共に誅に伏す、朝夷名三郎義秀、並びに数率等海浜に出で、船に掉して安房国に赴く、其勢五百騎、船六艘と云々、又新左衛門尉常盛、山内先次郎左衛門尉、岡崎余一左衛門尉、横山馬允、古郡左衛門尉、和田新兵衛入道、以上大将軍六人、戦場を遁れて逐電すと云々、此輩悉く敗北するの間、世上無為に属す、其後、相州、行親、忠家を以て死骸等を実検せらる、仮屋を由比浦の汀に構へ、義盛以下の首を取聚む、昏黒に及ぶの間、各松明を取る、又相州、大官令仰を承り、飛脚を発せられ、御書を京都に遣はす...   三日、癸卯、小雨灑ぐ、義盛粮道を絶たれ、乗馬に疲るるの処、寅剋、横山馬允時兼、波多野三郎、横山五郎以下数十人の親昵従類等を引率し、腰越浦に馳せ来るの処、既に合戦の最中なり、仍つて其党類皆蓑笠を彼所に棄つ、積りて山を成すと云々、然る後、義盛の陣に加はる、義盛時兼の合力を待ち、新羈の馬に当るべし、彼是の軍兵三千騎、尚御家人等を追奔す、義盛重ねて御所を襲はんと擬す、然れども若宮大路は、匠作、武州防戦し給ひ、町大路は、上総三郎義氏、名越は、近江守頼茂、大倉は、佐々木五郎義清、結城左衛門尉朝光等、各陣を張るの間、通らんと擬するに拠無し、仍つて由比浦並びに若宮大路に於て、合戦時を移す、凡そ昨日より此昼に至るまで、攻戦已まず、軍士等各兵略を尽すと云々、酉剋、和田四郎左衛門尉義直、伊具馬太郎盛重の為に討取らる、父義盛殊に歎息す、年来義直を鍾愛せしむるに依り、義直に禄を願ふ所なり、今に於ては、合戦に励むも益無しと云々、声を揚げて悲哭し、東西に迷惑し、遂に江戸左衛門尉能範の所従に討たると云々、同男五郎兵衛尉義重、六郎兵衛尉義信、七郎秀盛以下の張本七人、共に誅に伏す、朝夷名三郎義秀、並びに数率等海浜に出で、船に掉して安房国に赴く、其勢五百騎、船六艘と云々、又新左衛門尉常盛、山内先次郎左衛門尉、岡崎余一左衛門尉、横山馬允、古郡左衛門尉、和田新兵衛入道、以上大将軍六人、戦場を遁れて逐電すと云々、此輩悉く敗北するの間、世上無為に属す、其後、相州、行親、忠家を以て死骸等を実検せらる、仮屋を由比浦の汀に構へ、義盛以下の首を取聚む、昏黒に及ぶの間、各松明を取る、又相州、大官令仰を承り、飛脚を発せられ、御書を京都に遣はすの読み方
太宰治 「右大臣実朝」

...大正二丑(みずのとうし)の年春三月小説『すみだ川』幸(さいわい)に第五版を発行すると聞きて荷風小史すみだ川序わたくしの友人佐藤春夫(さとうはるお)君を介して小山(おやま)書店の主人はわたくしの旧著『すみだ川』の限定単行本を上梓(じょうし)したいことを告げられた...   大正二癸丑の年春三月小説『すみだ川』幸に第五版を発行すると聞きて荷風小史すみだ川序わたくしの友人佐藤春夫君を介して小山書店の主人はわたくしの旧著『すみだ川』の限定単行本を上梓したいことを告げられたの読み方
永井荷風 「すみだ川」

...大正十二年亥(きがい)十一月稿...   大正十二年癸亥十一月稿の読み方
永井荷風 「十日の菊」

...その半(なかば)は亥(きがい)の歳(とし)の災禍に烏有(うゆう)となりぬ...   その半は癸亥の歳の災禍に烏有となりぬの読み方
永井荷風 「礫川※[#「彳+淌のつくり」、第3水準1-84-33]※[#「彳+羊」、第3水準1-84-32]記」

...翌元祿六酉の年春二月下旬...   翌元祿六癸酉の年春二月下旬の読み方
松浦武四郎 「他計甚※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57](竹島)雜誌」

...実文政未八月十七日...   実文政癸未八月十七日の読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...わたくしは渋江抽斎伝に枳園が未の年に始て蘭軒に従学したことを言つた...   わたくしは渋江抽斎伝に枳園が癸未の年に始て蘭軒に従学したことを言つたの読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...その百三十四屋代弘賢(ひろかた)は此年未の武鑑に「奥祐筆所詰...   その百三十四屋代弘賢は此年癸未の武鑑に「奥祐筆所詰の読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...文政六年未三月歿...   文政六年癸未三月歿の読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...末(すゑ)には「文政六年歳次未秋九月下澣...   末には「文政六年歳次癸未秋九月下澣の読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...霞亭の学術は前年亥に略(ほゞ)成つた...   霞亭の学術は前年癸亥に略成つたの読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...同(寛政)五丑七月廿一日...   同五癸丑七月廿一日の読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...文久亥三月十四日に至つた...   文久癸亥三月十四日に至つたの読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...その三百六十わたくしは棠軒日録を抄して明治酉の歳暮に至つた...   その三百六十わたくしは棠軒日録を抄して明治癸酉の歳暮に至つたの読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...然(しか)るに天保(てんぽう)四年(みずのと)巳(み)の歳(とし)十二月二十六日の卯(う)の刻過(すぎ)の事である...   然るに天保四年癸巳の歳十二月二十六日の卯の刻過の事であるの読み方
森鴎外 「護持院原の敵討」

...八月中の亥(みずのとい)から三日間で...   八月中の癸亥から三日間での読み方
柳田国男 「海上の道」

「癸」の読みかた

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