...また畠山の六郎重保さまは京の宿舎の御亭主たる平賀の右衛門朝雅さまとささいの事から大喧嘩をはじめてそれが畠山御一族滅亡の遠因になつたなどの騒ぎもございましたが...
太宰治 「右大臣実朝」
...誠忠廉直の畠山父子が時政公の奸策により...
太宰治 「右大臣実朝」
...あの畠山御一族などはそのころは平家方にお仕へしてゐて...
太宰治 「右大臣実朝」
...故畠山次郎重忠さまの御末子...
太宰治 「右大臣実朝」
...大番所(おおばんじょ)に詰めている畠山六郎(はたけやまろくろう)を内密に呼ばした...
田中貢太郎 「頼朝の最後」
...この六郎は畠山次郎重忠(しげただ)の子六郎重保(しげやす)で...
田中貢太郎 「頼朝の最後」
...「畠山六郎でございます...
田中貢太郎 「頼朝の最後」
...牧の方は時政に畠山親子に逆心(ぎゃくしん)があると云って讒言(ざんげん)した...
田中貢太郎 「頼朝の最後」
...畠山古瓶(はたけやまこへい)...
松崎天民 「友人一家の死」
...畠山の夜討に襲われ...
吉川英治 「私本太平記」
...以下、細川和氏、仁木、今川、一色、畠山、斯波(しば)などの重臣から、そして佐々木道誉までが、たれひとり尊氏の言をそのまま胸にうけ容れたらしい顔つきでない...
吉川英治 「私本太平記」
...畠山などの部将らだった...
吉川英治 「私本太平記」
...畠山などから老臣今川範国までがかたずをのんで前線との伝令をとっていた...
吉川英治 「私本太平記」
...代りに、尊氏の近侍、石堂十馬、仁木於義丸(おぎまる)、同義照、畠山五郎、佐竹義敦(よしあつ)などが抜きつれて、阿修羅(あしゅら)の菊水兵を相手に火をふらして防ぎたたかい、血けむり、地ひびき、組んずほぐれつの肉塊(にっかい)、すでに相互とも幾十の死者を出し、寺の一端、また附近の民家からは、火の手があがった...
吉川英治 「私本太平記」
...斯波(しば)、桃井、上杉、山名、畠山、諏訪、宇都宮など名だたる武将どもである...
吉川英治 「私本太平記」
...畠山国清をよんで...
吉川英治 「私本太平記」
...畠山庄司重忠は、自分の功名は捨てて義経のそばへ、ひたと駒をよせ、義経の司令と共に、声を援けて、渡河中の全軍へ、始終、水馬戦の注意をさけんでいた...
吉川英治 「源頼朝」
...畠山氏の継嗣問題に絡んだ被官人の間の戦争が山城で行われ...
和辻哲郎 「鎖国」
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