...奧州松島の瑞巖寺(ずゐがんじ)から來た某師の「碧巖録(へきがんろく)」提唱(ていしやう)を聽きに行き...
岩野泡鳴 「泡鳴五部作」
...その香峰は、瑞村と友なり...
大町桂月 「月の隅田川」
...黄瑞露――黄成鎬妻...
林不忘 「安重根」
...ここでは一個につき二法(フラン)――瑞西(スイツル)の法(フラン)だから...
谷譲次 「踊る地平線」
...瑞泉寺所蔵の畫像には行年三十餘とあるが...
谷崎潤一郎 「聞書抄」
...いったん瑞巌寺の外へ出てしまって...
中里介山 「大菩薩峠」
...お松はようやく瑞巌寺の中門に着きました...
中里介山 「大菩薩峠」
...皆それぞれ法然の往生を夢みて一方ならぬ奇瑞を感得している...
中里介山 「法然行伝」
...それ位の奇瑞(きずい)があったって不思議はねえ」「馬鹿野郎...
野村胡堂 「新奇談クラブ」
...武子さんの文藻(ぶんそう)はそうしてはぐくまれたというが、この父君の雄偉な性格は、長兄光瑞師と、武子さんがうけついでいるといわれているそうで、武子さんは暹羅(シャム)の皇太子に入輿(にゅうよ)の儀が会議され――明治の初期に、日支親善のため、東本願寺の光瑩(こうけい)上人の姉妹(はらから)が、清(しん)帝との縁組の交渉は内々進んでいたのに沙汰(さた)やみになったが――武子さんのは、十七の一月三日、暹羅(シヤム)皇太子が西本願寺を訪問され、武子さんも拝謁されたが、病いをおして歓迎、法要をつとめ、その縁談に進んで同意だった、父法主(ほっす)が急に重態となり遷化(せんげ)されたので、そのままになってしまったという、東本願寺の元老、石川舜台(しゅんたい)師の懐旧談がある...
長谷川時雨 「九条武子」
...松門遺弟は全力を挙げ活躍するが――『リセランド窮理書』を資金五両に替えて不如意を嘆じた玄瑞などもやがて脱藩の要もなく藩論を握り...
服部之総 「志士と経済」
...こゝに一人の人があるその一人と云うのは清水卯三郎(しみずうさぶろう)(瑞穂屋(みずほや)卯三郎)と云う人で...
福澤諭吉 「福翁自伝」
...いずれもその害を避けんためだ(ロイド『瑞典小農生活(ピザント・ライフ・イン・スエデン)』)...
南方熊楠 「十二支考」
...と瑞々(みずみず)しく愛くるしい若さで云わなかっただろう...
宮本百合子 「女の歴史」
...初代瑞仙は系図を幕府に呈せむがために...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...此法諡は正しく宗家三世瑞仙直温の書いた過去帖に載せてある...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...池田京水の子瑞長(ずいちょう)であったからである...
森鴎外 「渋江抽斎」
...いろんな奇瑞や天変があったとしている...
吉川英治 「私本太平記」
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