...風鈴の音(ね)に住(すま)ひをる女かな昭和八年七月二十四日 玉藻句会...
高浜虚子 「五百句」
...颱風(たいふう)の名残(なごり)の驟雨(しゅうう)あまたゝび七月二十六日 玉藻俳句会...
高浜虚子 「五百五十句」
...床(とこ)の花已(すで)に古びや松の内一月二十七日 「玉藻十句集(第十二回)」畦(あぜ)一つ飛び越え羽搏(はう)つ寒鴉凍鶴(いてづる)の首を伸(のば)して丈(たけ)高き一月二十七日 丸之内倶楽部俳句会...
高浜虚子 「五百五十句」
...端居(はしい)して垣の外面(とのも)の世を見居る七月二十七日 「玉藻十句集(第十八回)」晩涼や謡の会も番すゝみ八月二十一日 あるじ慰問...
高浜虚子 「五百五十句」
...秋風や心の中の幾山河九月二十九日 「玉藻十句集(第二十回)」一面に月の江口(えぐち)の舞台かな目(ま)のあたり月の遊女の船遊び十月二日 武蔵野探勝会...
高浜虚子 「五百五十句」
...よき衣(きぬ)によろこびつける草虱(くさじらみ)行く人を待ちてとびつく草虱十一月六日 玉藻吟行会...
高浜虚子 「五百五十句」
...(『玉藻』、二七、二)新人を恐れずこの頃の私の目にふれるだけでも月に何千何万という句がある...
高浜虚子 「俳句への道」
...(『玉藻』、二九、一)雑感(三)ただ俳句を研究せよ多くの限られたものより帰納した理論というものがある...
高浜虚子 「俳句への道」
...(『玉藻』、二八、七)笹子会諸君この間、笹子会(ささこかい)の連中が宅へ来て俳句会をやった時分に、成瀬(なるせ)正(まさ)とし君が、こんな事をいった...
高浜虚子 「俳句への道」
...(『玉藻』、二九、一)慧眼の士のみ私も常に俳句の新しい事を希(ねが)って居ることは人後に落ちない...
高浜虚子 「俳句への道」
...(『玉藻』、二九、四)求道ということこの頃俳句において求道(ぐどう)ということが言われておる...
高浜虚子 「俳句への道」
...(『玉藻』、二九、七)難解の句難解の句というのには古典を調べなければ分らない、また辞引(じびき)を引かねば分らない、またむつかしい文字が並べてあって分らない、というような句がある...
高浜虚子 「俳句への道」
...人影の映り去りたる水温(ぬる)む三月十五日 「玉藻五句集(第五十四回)」経の声和し高まりつ花の寺三月十七日 玉藻俳句会...
高浜虚子 「六百句」
...蝶あわてとびまどひをり草刈女(くさかりめ)六月十五日 玉藻吟行会...
高浜虚子 「六百句」
...初時雨しかと心にとめにけり水餅の混雑しをる壺の中一月二十九日 「玉藻五句集(第八十一回)」...
高浜虚子 「六百句」
...たとえば玉藻の前なぞは...
谷崎潤一郎 「蓼喰う虫」
......
中島敦 「和歌でない歌」
...橘千蔭(たちばなのちかげ)は「玉藻は藻の子は白く玉の如くなれば言へり」と言っているが...
牧野富太郎 「植物記」
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