...昔は女性の極位にて御座(ましま)しゝに大清康熙六丁未年王妃に次ぐ御位に改め玉ふなり」ということがあります...
伊波普猷 「ユタの歴史的研究」
...清の康熙十二年)三月のことで...
伊波普猷 「ユタの歴史的研究」
...すると支那の康熙帝(こうきてい)は直ぐ兵を送ってこれを追払った...
大隈重信 「東亜の平和を論ず」
...――支那花鳥画の名手徐熙の孫で...
薄田泣菫 「艸木虫魚」
...古代更紗で大尽(だいじん)遊び5・3(夕)平岡熙氏といへば...
薄田泣菫 「茶話」
...・湯けむりの梅のまつさかり・うりものと書かれて岩のうららかな・枯野風ふくお日様のぞいた・のぼつたりくだつたり濡れても寒くはない雨の・蕗のとうここで休まう・山霧ふかく風車のまはるでもなく牧水に・ずんぶり濡れてけふも旅ゆく(幾山河……)・山のなか山が見えない霧のなか行く・草枯れてほんによい岩がところ/″\由布越・吹きおろす風をまともに吹きとばされまいぞ三月廿二日 好晴、春光熙々、玖珠...
種田山頭火 「道中記」
...天下熙々(きき)利のために来たる...
徳富蘇峰 「将来の日本」
...康熙帝が三藩を平げて支那を支配する形勢が定まつてより...
内藤湖南 「支那史學史概要」
...真白な眉毛(まゆげ)の上まで老眼鏡を釣(つる)し上げた主人の熙(あきら)であった...
永井荷風 「つゆのあとさき」
...その時分進はまだ駒込(こまごめ)千駄木町(せんだぎちょう)にあった老父熙(あきら)の家にいて...
永井荷風 「つゆのあとさき」
...熙は初め中村敬宇(なかむらけいう)の同人社に入り後に佐藤牧山(さとうぼくざん)と信夫恕軒(しのぶじょけん)との二家について学を修め...
永井荷風 「つゆのあとさき」
...「衆人熙々トシテ大牢ヲ享クルガ如ク...
中島敦 「かめれおん日記」
...けだし活字の初は『康熙字典(こうきじてん)』によりて一字々々作りたりといへば活字は極めて正しき者にてありき...
正岡子規 「墨汁一滴」
...かく専門的の攻撃に遇(あ)ひては余ら『康熙字典(こうきじてん)』位を標準とせし素人先生はその可否の判断すら為しかねて今は口をつぐむより外なきに至りたり...
正岡子規 「墨汁一滴」
...普通の人が楷書の標準として見んはやはり『康熙字典』にて十分ならん...
正岡子規 「墨汁一滴」
...しかるに康熙(こうき)某年...
南方熊楠 「十二支考」
...鬆は髮亂と康熙字典に出づ...
南方熊楠 「蓮の花開く音を聽く事」
...碑閣には康熙帝撰文の宝牌がある...
與謝野寛・與謝野晶子 「満蒙遊記」
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