...平氏政権は、源氏との合戦(治承・寿永の戦い)により滅ぼされた...
...治承元年山門の争乱に乗じ...
芥川龍之介 「木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)」
...治承四年、長田入道が、惶懼、書を平忠清に飛ばして、東国将に事あらむとするを告げたるが如き、革命の曙光が、既に紅を東天に潮したるを表すものにあらずや...
芥川龍之介 「木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)」
...平氏は、福原の遷都を、掉尾の飛躍として、治承より養和に、養和より寿永に、寿永より元暦に、天暦より文治に、円石を万仞の峰頭より転ずるが如く、刻々亡滅の深淵に向つて走りたりき...
芥川龍之介 「木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)」
...思ひ出せば治承の春...
高山樗牛 「瀧口入道」
...治承四年の十二月二十八日...
中里介山 「法然行伝」
...治承の乱に南都東大寺が焼失した...
中里介山 「法然行伝」
...この物語の本筋の事件の起きた治承元年になり...
久生十蘭 「無月物語」
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山川登美子・増田雅子・與謝野晶子 「恋衣」
...それから得度剃髪(ていはつ)九歳までの間に、年号は安元、治承、養和と変わっておりまして、この間に木曾義仲の乱入、やがて平家都落ち、壇の浦、平家一族の没落というような歴史的な事件があります...
吉川英治 「親鸞聖人について」
...平家物語の治承・寿永の世には...
吉川英治 「随筆 私本太平記」
...治承元年の正月へ...
吉川英治 「随筆 新平家」
...(二七・五・四)春行くやまごつく旅の五六日*治承元年あたりは...
吉川英治 「随筆 新平家」
...それの口火を切る王の“令旨(りょうじ)”を持った新宮十郎行家が、諸国の源氏を説きに駈けまわるだんになると、爆発的な源平争覇の戦乱期に入るのであるが、治承三年中は、まだ革命前夜の様相をもちつづけ、その前に書かねばならないことが多い...
吉川英治 「随筆 新平家」
...治承四年八月十七日から七日目のことである...
吉川英治 「随筆 新平家」
...平家二十年の栄花もつかのま、重盛は逝き、相国清盛もようやく老い、福原開港の業成って、日宋交流の途が開かれたよろこびも、一面、不遇の源氏党や、飢餓疫病の年々に苦しむ衆民のよろこびとはならず、治承四年、以仁王を盟主とする源三位頼政らの宇治川合戦を口火として、平家を討たんの声は、澎湃(ほうはい)として、諸国三道の合言葉となった...
吉川英治 「随筆 新平家」
...治承五年閏(うるう)二月四日...
吉川英治 「随筆 新平家」
...もともと、平家ぎらいだが、院の後白河からも、あまり重用(ちょうよう)はされず、治承、寿永の乱世に、灸をすえたり、克明に日記をつけたりなどして、とにかく、あの風雲を泳ぎぬけたこの一人物なども、書けば、ひとつの主題になる...
吉川英治 「随筆 新平家」
...ほととぎす治承寿永のおん国母三十にして経読ます寺花曇りの今にも降り出しそうな昼...
吉川英治 「随筆 新平家」
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