例文・使い方一覧でみる「治承」の意味


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...平氏政権は、源氏との合戦(治承・寿永の戦い)により滅ぼされた...   平氏政権は、源氏との合戦により滅ぼされたの読み方

...治承元年山門の争乱に乗じ...   治承元年山門の争乱に乗じの読み方
芥川龍之介 「木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)」

...治承三年八月三日を以て...   治承三年八月三日を以ての読み方
芥川龍之介 「木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)」

...治承四年九月五日...   治承四年九月五日の読み方
芥川龍之介 「木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)」

...和田家の治承以来の数々の勲功をみづから列挙なされて...   和田家の治承以来の数々の勲功をみづから列挙なされての読み方
太宰治 「右大臣実朝」

...その頃の北条氏には、たいした勢力もございませんでしたでせうに、いくら故将軍家の御人物を見込んだとて、時政公もまことに無謀な御決意をなさいましたもので、治承四年、以仁王よりの平家討伐の御令旨を賜つて勇気百倍、まづ戦の門出に伊豆の目代、平の兼隆を血祭りにあげようといふ事になり、お若いながらも御如才のない故将軍家は、出発に先立ち北条氏の一族郎党を煩をいとはずひとりひとり順々に別室へお招きになつて、汝ひとりが頼みだ、とおつしやいましたさうで、おのおのご自分ひとりが特に頼朝公の御信任を得てゐるのだと思ひ込み士気大いにあがり、けれども、たつた八十五騎とは心細いやうなもので、馬は毛深いよぼよぼの百姓馬、鎧は色あせて片袖の無いのがあつたり、毛沓は虫に食はれて毛が脱落いたし、いづれを見ても満足の武装ではなく、中には頬被りするものなどもあつて、ひどい軍勢でございましたさうですが、時政公の乾坤一擲の御意気ものすごく、すすめやすすめと戦法も何もあつたものでなく、ただどやどやと目代のお宅にあがり込み、寄つてたかつて兼隆の首級を挙げ、さいさきよしと喜び合つたこれこそ、そもそもの真の御挙兵とも申すべきで、和田左衛門尉さまなどは、その後、時政公からの使者を受けて三浦さま御一族と共にこれに御助勢申し上げたので、あの畠山御一族などはそのころは平家方にお仕へしてゐて、その三浦和田の軍勢と一合戦なさつた事さへあるさうで、はじめの八十五騎の心細くもあり、またけなげの御挙兵はただ北条家御一族にのみよつてなされたといふのは、たしかな事のやうでございまして、それ以来、故将軍家幕府御創設までの北条家御一族のお働きは、ご存じないお方など、ひとりも無い筈でございます...   その頃の北条氏には、たいした勢力もございませんでしたでせうに、いくら故将軍家の御人物を見込んだとて、時政公もまことに無謀な御決意をなさいましたもので、治承四年、以仁王よりの平家討伐の御令旨を賜つて勇気百倍、まづ戦の門出に伊豆の目代、平の兼隆を血祭りにあげようといふ事になり、お若いながらも御如才のない故将軍家は、出発に先立ち北条氏の一族郎党を煩をいとはずひとりひとり順々に別室へお招きになつて、汝ひとりが頼みだ、とおつしやいましたさうで、おのおのご自分ひとりが特に頼朝公の御信任を得てゐるのだと思ひ込み士気大いにあがり、けれども、たつた八十五騎とは心細いやうなもので、馬は毛深いよぼよぼの百姓馬、鎧は色あせて片袖の無いのがあつたり、毛沓は虫に食はれて毛が脱落いたし、いづれを見ても満足の武装ではなく、中には頬被りするものなどもあつて、ひどい軍勢でございましたさうですが、時政公の乾坤一擲の御意気ものすごく、すすめやすすめと戦法も何もあつたものでなく、ただどやどやと目代のお宅にあがり込み、寄つてたかつて兼隆の首級を挙げ、さいさきよしと喜び合つたこれこそ、そもそもの真の御挙兵とも申すべきで、和田左衛門尉さまなどは、その後、時政公からの使者を受けて三浦さま御一族と共にこれに御助勢申し上げたので、あの畠山御一族などはそのころは平家方にお仕へしてゐて、その三浦和田の軍勢と一合戦なさつた事さへあるさうで、はじめの八十五騎の心細くもあり、またけなげの御挙兵はただ北条家御一族にのみよつてなされたといふのは、たしかな事のやうでございまして、それ以来、故将軍家幕府御創設までの北条家御一族のお働きは、ご存じないお方など、ひとりも無い筈でございますの読み方
太宰治 「右大臣実朝」

...治承四年八月に頼朝石橋山の合戦の時...   治承四年八月に頼朝石橋山の合戦の時の読み方
中里介山 「法然行伝」

...治承の乱に南都東大寺が焼失した...   治承の乱に南都東大寺が焼失したの読み方
中里介山 「法然行伝」

...此年は吾妻鏡が筆を起せる治承四年より算すれば四十七年目にして...   此年は吾妻鏡が筆を起せる治承四年より算すれば四十七年目にしての読み方
原勝郎 「吾妻鏡の性質及其史料としての價値」

...『太陽』二六ノ一三)2ラーマーヤナの譚をわが国で最も早く載せたは『宝物集(ほうぶつしゅう)』で治承の頃平康頼が筆すという...   『太陽』二六ノ一三)2ラーマーヤナの譚をわが国で最も早く載せたは『宝物集』で治承の頃平康頼が筆すというの読み方
南方熊楠 「十二支考」

...治承(じしょう)の大戦のさいでも...   治承の大戦のさいでもの読み方
吉川英治 「私本太平記」

...治承、寿永の戦いに幾多の生死の下を実際に歩いてきた熊谷次郎直実(なおざね)の話を、同房の人たちはよく彼の口から聞きたがった...   治承、寿永の戦いに幾多の生死の下を実際に歩いてきた熊谷次郎直実の話を、同房の人たちはよく彼の口から聞きたがったの読み方
吉川英治 「親鸞」

...すぐ治承(じしょう)のむかし――もう二十幾年か前になったころの悲痛な社会事件を...   すぐ治承のむかし――もう二十幾年か前になったころの悲痛な社会事件をの読み方
吉川英治 「親鸞」

...(二七・五・四)春行くやまごつく旅の五六日*治承元年あたりは...   春行くやまごつく旅の五六日*治承元年あたりはの読み方
吉川英治 「随筆 新平家」

...それの口火を切る王の“令旨(りょうじ)”を持った新宮十郎行家が、諸国の源氏を説きに駈けまわるだんになると、爆発的な源平争覇の戦乱期に入るのであるが、治承三年中は、まだ革命前夜の様相をもちつづけ、その前に書かねばならないことが多い...   それの口火を切る王の“令旨”を持った新宮十郎行家が、諸国の源氏を説きに駈けまわるだんになると、爆発的な源平争覇の戦乱期に入るのであるが、治承三年中は、まだ革命前夜の様相をもちつづけ、その前に書かねばならないことが多いの読み方
吉川英治 「随筆 新平家」

...治承四年八月十七日から七日目のことである...   治承四年八月十七日から七日目のことであるの読み方
吉川英治 「随筆 新平家」

...水鳥でなく治承四年から養和へかけての飢饉である」と科学的な気象統計を玉葉から引いて傍証としている...   水鳥でなく治承四年から養和へかけての飢饉である」と科学的な気象統計を玉葉から引いて傍証としているの読み方
吉川英治 「随筆 新平家」

...一応、義仲を措(お)いて、この回からは、治承五年の正月、高倉上皇がお亡くなりになった直後の都へ、筆をかえしてゆく...   一応、義仲を措いて、この回からは、治承五年の正月、高倉上皇がお亡くなりになった直後の都へ、筆をかえしてゆくの読み方
吉川英治 「随筆 新平家」

...治承の飢饉が平家を弱めたことはひと通りでない...   治承の飢饉が平家を弱めたことはひと通りでないの読み方
吉川英治 「随筆 新平家」

「治承」の読みかた

「治承」の書き方・書き順

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