...長崎と通詞一「――せめては板刻の業のみも半年にして終らせ玉へかし...
徳永直 「光をかかぐる人々」
...御入銀の御方方右五人の内催寄の者候はば即ち板刻の處に相屆申候――」これは今日でいふ「豫約出版」の勸誘状であるが...
徳永直 「光をかかぐる人々」
...因て今度板刻の證に今日迄に彫終り候水戰五卷數册を仕立て候て...
徳永直 「光をかかぐる人々」
...その何倍もの「せめても板刻の業のみも半年にして終らせ玉へかし...
徳永直 「光をかかぐる人々」
...「海國兵談」の板刻は一千六十日を費したのである...
徳永直 「光をかかぐる人々」
...浮世絵はここに始めて真正なる彩色板刻の技術に到達するを得たりしなり...
永井荷風 「江戸芸術論」
...板刻(はんこく)の年代並(ならび)に横と竪との様式の相違よりして自(おのずか)ら別種の画風を示したり...
永井荷風 「江戸芸術論」
...板刻(はんこく)の錦絵(にしきえ)...
永井荷風 「江戸芸術論」
...これら新案の設色法は思ふに肉筆の制作と異なりてなるべく手数(てすう)を簡略ならしめんとする彩色板刻の技術上偶然の結果に出でたるや知るべからず...
永井荷風 「江戸芸術論」
...その板刻の年代は前述せし大(だい)なる続物(つづきもの)と同時のものなきにあらざれど多くはその以後なりとす...
永井荷風 「江戸芸術論」
...もしこれら板刻の絵本をも参照せしめたらんには...
永井荷風 「江戸芸術論」
...これがために元禄時代菱川師宣の盛時に流行したりし墨摺(すみずり)絵本類の板刻は享保(きょうほう)に至りて大(おおい)に廃(すた)れたりといふ...
永井荷風 「江戸芸術論」
...寛保の末年浮世絵は西村重長(奥村政信門人)の工夫によりて初めて純然たる彩色板刻(さいしきはんこく)(二色板紅絵)の法を発明し宝暦に入りてその技(ぎ)益進歩せり...
永井荷風 「江戸芸術論」
...その板刻時(とき)に甚(はなはだ)粗雑となるの傾きありき...
永井荷風 「江戸芸術論」
...あたかも好(よ)し宝暦過ぎて明和改元の翌年浮世絵板刻の技術は鈴木春信並に板木師金六(はんぎしきんろく)の手によりて肉筆画に異ならざる完全なる彩色摺(さいしきずり)の法を工夫(くふう)し得たり...
永井荷風 「江戸芸術論」
...美人画役者絵の板刻あれども共に歌川派の画風に倣ひてしかもまた国貞に及ばず...
永井荷風 「江戸芸術論」
...ここに浮世絵と狂歌とは絵本及(および)摺物(すりもの)の板刻(はんこく)によりて互に密接なる関係を有するに至れり...
永井荷風 「江戸芸術論」
...『山復山(やままたやま)』等の如き美麗なる絵本並に無数の摺物は皆これ狂歌の吟咏あつてしかして後これがために板刻せられたるもの...
永井荷風 「江戸芸術論」
便利!手書き漢字入力検索
