例文・使い方一覧でみる「晉」の意味


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...」又勝峯風(かつみねしんぷう)氏の教へによれば...   」又勝峯晉風氏の教へによればの読み方
芥川龍之介 「芭蕉雑記」

...そこへ勝峯風(かつみねしんぷう)氏をも知るやうになり...   そこへ勝峯晉風氏をも知るやうになりの読み方
芥川龍之介 「わが俳諧修業」

...の文公といふのは當時の覇者であります...   晉の文公といふのは當時の覇者でありますの読み方
内藤湖南 「大阪の町人學者富永仲基」

...然かも梁山がの望なる意味が公羊傳にはこれ無く...   然かも梁山が晉の望なる意味が公羊傳にはこれ無くの読み方
内藤湖南 「爾雅の新研究」

...は間もなしに非常な亂世になつて...   晉は間もなしに非常な亂世になつての読み方
内藤湖南 「支那の書目に就いて」

...の荀が之に對して中經新簿を作り...   晉の荀が之に對して中經新簿を作りの読み方
内藤湖南 「支那目録學」

...魏の間に始まつたが...   魏晉の間に始まつたがの読み方
内藤湖南 「支那目録學」

...それに頃までに出來た道經の目録が載せられてゐる...   それに晉頃までに出來た道經の目録が載せられてゐるの読み方
内藤湖南 「支那目録學」

...書・隋書がさうである...   晉書・隋書がさうであるの読み方
内藤湖南 「支那目録學」

...劉逢祿の書序述聞には謹案、孔子序周書四十篇、東周之書、惟文侯之命秦誓二篇而已、合而讀之、一爲孱弱之音、一爲發憤之氣、興亡之象昭昭也、春秋書人及姜戎敗秦於、公羊子曰、謂之秦、夷狄之也、詐戰書日盡也、穀梁子亦曰、徒亂人子女之教、無男女之別、秦之爲狄、自之戰始也、秦穆不用蹇叔百里子之謀、千里襲鄭、喪師遂盡、襄背殯用師、亦貶而稱人、序書何取焉、取其悔過之意、深美約、貽厥孫謀、將以覇繼王也、詩書皆由正而之變、詩四始言文武之盛、而終于商頌、志先王之亡以爲戒、書三科述二帝三王之業、而終於秦誓、志秦以狄道代周、以覇統繼帝王、變之極也、春秋撥亂反正、始元終麟、由極變而之正也、其爲致太平之正經、垂萬世之法戒、一也、と言ひ、又宋翔鳳の尚書譜には謹案、孔子序周書、自大誓訖※命、皆書之正經、以世次、以年紀、其末序蔡仲之命費誓呂刑文侯之命秦誓五篇者、幼嘗受其義於葆先生、曉畢、未能詳紀、犇走燕豫、留滯梁荊、函丈斯隔、七年於茲、茲譜尚書、細繹所聞而識之曰、尚書者述五帝三王五伯之事、蠻夷猾夏、王降爲覇、君子病之、時之所極、有無如何者也、蔡之建國、東臨淮徐、南近江漢、伯禽封魯、淮夷蠻貊、及彼南夷、莫不率從、不意蔡侯一虜、熊貲始大、楚之覇業、先於五邦、呂命穆王、實作自呂、征彼九伯、浸及齊桓、秦之興、復在其後、覇者之業、相循而作、帝王之統、由此一變、史伯之對鄭桓言秦齊楚代興、史之見秦獻言別五百載復合、運會所乘、惟聖賢能見其微、孔子序五篇於書之終、中候之文究於覇免、所以戒後王制蠻夷式羣侯、不可以不愼、と言つてゐる...   劉逢祿の書序述聞には謹案、孔子序周書四十篇、東周之書、惟文侯之命秦誓二篇而已、合而讀之、一爲孱弱之音、一爲發憤之氣、興亡之象昭昭也、春秋書晉人及姜戎敗秦於、公羊子曰、謂之秦、夷狄之也、詐戰書日盡也、穀梁子亦曰、徒亂人子女之教、無男女之別、秦之爲狄、自之戰始也、秦穆不用蹇叔百里子之謀、千里襲鄭、喪師遂盡、晉襄背殯用師、亦貶而稱人、序書何取焉、取其悔過之意、深美約、貽厥孫謀、將以覇繼王也、詩書皆由正而之變、詩四始言文武之盛、而終于商頌、志先王之亡以爲戒、書三科述二帝三王之業、而終於秦誓、志秦以狄道代周、以覇統繼帝王、變之極也、春秋撥亂反正、始元終麟、由極變而之正也、其爲致太平之正經、垂萬世之法戒、一也、と言ひ、又宋翔鳳の尚書譜には謹案、孔子序周書、自大誓訖※命、皆書之正經、以世次、以年紀、其末序蔡仲之命費誓呂刑文侯之命秦誓五篇者、幼嘗受其義於葆先生、曉畢、未能詳紀、犇走燕豫、留滯梁荊、函丈斯隔、七年於茲、茲譜尚書、細繹所聞而識之曰、尚書者述五帝三王五伯之事、蠻夷猾夏、王降爲覇、君子病之、時之所極、有無如何者也、蔡之建國、東臨淮徐、南近江漢、伯禽封魯、淮夷蠻貊、及彼南夷、莫不率從、不意蔡侯一虜、熊貲始大、楚之覇業、先於五邦、呂命穆王、實作自呂、征彼九伯、浸及齊桓、晉秦之興、復在其後、覇者之業、相循而作、帝王之統、由此一變、史伯之對鄭桓言秦晉齊楚代興、史之見秦獻言別五百載復合、運會所乘、惟聖賢能見其微、孔子序五篇於書之終、中候之文究於覇免、所以戒後王制蠻夷式羣侯、不可以不愼、と言つてゐるの読み方
内藤湖南 「尚書稽疑」

...(四)一二の例を擧げて見ると、左傳宣公六年、の趙盾が靈公を弑せる事の傳は、公羊傳、國語語、呂氏春秋過理篇などに出て居り、同十三年の楚の莊王が宋を圍んだ事の傳は、公羊傳、韓詩外傳、國語語、呂氏春秋行論篇などに出でゝ居り、成公四年の梁山崩の傳は、公羊、穀梁二傳國語語などに出でゝ居り、或は説話に變化があり、或は思想にも異つた點がある...   一二の例を擧げて見ると、左傳宣公六年、晉の趙盾が靈公を弑せる事の傳は、公羊傳、國語晉語、呂氏春秋過理篇などに出て居り、同十三年の楚の莊王が宋を圍んだ事の傳は、公羊傳、韓詩外傳、國語晉語、呂氏春秋行論篇などに出でゝ居り、成公四年の梁山崩の傳は、公羊、穀梁二傳國語晉語などに出でゝ居り、或は説話に變化があり、或は思想にも異つた點があるの読み方
内藤湖南 「尚書稽疑」

...國學者並に史家の間には、之が九州から出たので大和の朝廷には關係の無いものと解釋する人が多く、非常に詳しく書かれてある卑彌呼の記事も九州地方の女酋であると謂ひ、又た東より宋、南齊にかけて倭國王に與へた官爵がいろ/\あるが、其の一例を謂へば使持節都督倭百濟新羅任那秦韓慕韓六國諸軍事安東大將軍倭國王などと謂ふものがあるが、此等も多分日本から任那に派遣せられて居る太宰(みこともち)が朝廷の名を濫用したのであらうなどとも解釋せられて居る...   國學者並に史家の間には、之が九州から出たので大和の朝廷には關係の無いものと解釋する人が多く、非常に詳しく書かれてある卑彌呼の記事も九州地方の女酋であると謂ひ、又た東晉より宋、南齊にかけて倭國王に與へた官爵がいろ/\あるが、其の一例を謂へば使持節都督倭百濟新羅任那秦韓慕韓六國諸軍事安東大將軍倭國王などと謂ふものがあるが、此等も多分日本から任那に派遣せられて居る太宰が朝廷の名を濫用したのであらうなどとも解釋せられて居るの読み方
内藤湖南 「聖徳太子」

...後漢書、三國志、書、北史等に出でたる倭國女王卑彌呼の事に關しては從來史家の考證甚だ繁く、或は之を以て我神功皇后とし、或は以て筑紫の一女酋とし、紛々として歸一する所なきが如くなるも、近時に於ては大抵後説を取る者多きに似たり...   後漢書、三國志、晉書、北史等に出でたる倭國女王卑彌呼の事に關しては從來史家の考證甚だ繁く、或は之を以て我神功皇后とし、或は以て筑紫の一女酋とし、紛々として歸一する所なきが如くなるも、近時に於ては大抵後説を取る者多きに似たりの読み方
内藤湖南 「卑彌呼考」

...一、本文の撰擇二、本文の記事に關する我邦最舊の見解三、舊説に對する異論四、本文の考證五、結論一、本文の撰擇卑彌呼の記事を載せたる支那史書の中、書、北史の如きは、固より後漢書、三國志に據りたること疑なければ、此は論を費すことを須ひざれども、後漢書と三國志との間に存する異の點に關しては、史家の疑惑を惹く者なくばあらず...   一、本文の撰擇二、本文の記事に關する我邦最舊の見解三、舊説に對する異論四、本文の考證五、結論一、本文の撰擇卑彌呼の記事を載せたる支那史書の中、晉書、北史の如きは、固より後漢書、三國志に據りたること疑なければ、此は論を費すことを須ひざれども、後漢書と三國志との間に存する異の點に關しては、史家の疑惑を惹く者なくばあらずの読み方
内藤湖南 「卑彌呼考」

...續いてに逃れた太子(くわいぐわい)は...   續いて晉に逃れた太子はの読み方
中島敦 「盈虚」

...の趙簡子の所から莊公に使が來た...   晉の趙簡子の所から莊公に使が來たの読み方
中島敦 「盈虚」

...西方からの軍の侵入と呼應して...   西方からの晉軍の侵入と呼應しての読み方
中島敦 「盈虚」

...(しん)の王羲之この方の一字一字に神経のゆきとどいた...   晉の王羲之この方の一字一字に神経のゆきとどいたの読み方
吉野秀雄 「秋艸道人の書について」

「晉」の読みかた

「晉」の書き方・書き順

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