例文・使い方一覧でみる「明和」の意味


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...また明和七年に長崎に赴いた際には...   また明和七年に長崎に赴いた際にはの読み方
石原純 「平賀源内」

...明和九年二月二十九日の午(ひる)ごろ目黒(めぐろ)行人坂(ぎょうにんざか)大円寺(だいえんじ)から起こった火事はおりからの南西風に乗じて芝(しば)桜田(さくらだ)から今の丸(まる)の内(うち)を焼いて神田(かんだ)下谷(したや)浅草(あさくさ)と焼けつづけ...   明和九年二月二十九日の午ごろ目黒行人坂大円寺から起こった火事はおりからの南西風に乗じて芝桜田から今の丸の内を焼いて神田下谷浅草と焼けつづけの読み方
寺田寅彦 「函館の大火について」

...明和の際における社会の情態なりとす...   明和の際における社会の情態なりとすの読み方
徳富蘇峰 「吉田松陰」

...しかして明和(めいわ)二年に至り...   しかして明和二年に至りの読み方
永井荷風 「江戸芸術論」

...また『役者国の華』はジヨオ蒐集板画目録に出でたるその中(うち)の一図(傾城(けいせい)に扮せる中村七三郎と五郎に扮せるものと覚しき市川純蔵両人を大なる盃に載せ後(うしろ)に菊花と紅葉を描けり)によりて画風より推察すれば明和初年の出板なるべしと思はるれどわれいまだその原本を見るの機会なきを遺憾なりとす...   また『役者国の華』はジヨオ蒐集板画目録に出でたるその中の一図に扮せる中村七三郎と五郎に扮せるものと覚しき市川純蔵両人を大なる盃に載せ後に菊花と紅葉を描けり)によりて画風より推察すれば明和初年の出板なるべしと思はるれどわれいまだその原本を見るの機会なきを遺憾なりとすの読み方
永井荷風 「江戸芸術論」

...重政は鈴木春信の門人にして勝川春章一筆斎文調及び歌川豊春らと並びて明和安永間の名手なり...   重政は鈴木春信の門人にして勝川春章一筆斎文調及び歌川豊春らと並びて明和安永間の名手なりの読み方
永井荷風 「江戸芸術論」

...明和二年に刊行して以来...   明和二年に刊行して以来の読み方
野村胡堂 「胡堂百話」

...就中(なかんずく)明和八年三月五日...   就中明和八年三月五日の読み方
福澤諭吉 「蘭学事始再版之序」

...その一は明和の頃までに至り...   その一は明和の頃までに至りの読み方
穂積陳重 「法窓夜話」

...到底宝暦明和の市井歓楽詩人の脚下へも及ぶまいが...   到底宝暦明和の市井歓楽詩人の脚下へも及ぶまいがの読み方
正岡容 「東京万花鏡」

...川口善光寺の開帳は明和度のことで...   川口善光寺の開帳は明和度のことでの読み方
三田村鳶魚 「女順禮」

...父伊予守正右(まさすけ)が明和六年七月十二日宿老の職にゐて卒したので...   父伊予守正右が明和六年七月十二日宿老の職にゐて卒したのでの読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...即ち明和七年に小母が死んでから...   即ち明和七年に小母が死んでからの読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...明和五年に致仕した...   明和五年に致仕したの読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...推するに明和安永の間の事であらう...   推するに明和安永の間の事であらうの読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...後明和五年になつて黒田筑前守繼高の手に梶原家から戻つた...   後明和五年になつて黒田筑前守繼高の手に梶原家から戻つたの読み方
森鴎外 「栗山大膳」

...躋寿館は明和(めいわ)二年に多紀玉池(たきぎょくち)が佐久間町(さくまちょう)の天文台址(あと)に立てた医学校で...   躋寿館は明和二年に多紀玉池が佐久間町の天文台址に立てた医学校での読み方
森鴎外 「渋江抽斎」

...清蔵に明和元年五月十二日生れの嫡男専之助(せんのすけ)というのがあって...   清蔵に明和元年五月十二日生れの嫡男専之助というのがあっての読み方
森鴎外 「渋江抽斎」

「明和」の読みかた

「明和」の書き方・書き順

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