...いそぎ掛川(かけがわ)を立ち...
太宰治 「新釈諸国噺」
...掛川(かけがわ)と云えば佐夜(さよ)の中山(なかやま)はと見廻せど僅かに九歳の冬此処(ここ)を過ぎしなればあたりの景色さらに見覚えなく...
寺田寅彦 「東上記」
...めざして行く掛川はどの辺で...
中里介山 「大菩薩峠」
...そうしていま眼の前へ出た広い道を取って一里ほど行って、とある百姓家の裏で水を汲んでいた百姓のおかみさんに、「もしもし、あの、掛川へ行くには、この道を行ってよろしゅうございましょうか」お君がたずねると、水汲み女房は訝(いぶか)しそうな眼をして、「掛川へおいでなさる? そりゃ違いますよ、掛川へ行くには、これから一里ほど戻って街道がありますから、それを真直ぐに行くのですよ」こう教えられてお君はガッカリしました...
中里介山 「大菩薩峠」
...「そうでございますか、どうも有難うございます、そうして、この道を行けばどこへ出るのでございましょう」「この道を行けばお前さん、中泉(なかいずみ)の宿の方へ出てしまいますよ、掛川は東、中泉は西ですから、まるっきり方角が違いますね」「そうですか、それでは」こうなるとお君の頭が混乱してしまって、無暗(むやみ)に向いた方の道へさっさと歩き出しました...
中里介山 「大菩薩峠」
...「ソレカラ遠州ノ掛川ノ宿ヘ行ッタガ...
中里介山 「大菩薩峠」
...掛川藩の士(さむらい)はすれっからしが多いので...
久生十蘭 「奥の海」
...山添は取敢えず塗薬を差上げ、宿々の泊(とまり)で、罨方(あんぽう)したり冷したり、思いつく限りの手当をぬかりなくやってみたが、ふぐり玉は一日ごとにふくれむくみ、掛川の宿では、とうとう雁(がん)の卵ほどに成上り、この先どれほど大きくなるかと思えば、心も身に添わぬほどであった...
久生十蘭 「玉取物語」
...その掛川に仕へたのが享和二年三十二歳の時である...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...号秋月院道法日観居士)加藤定四郎(四月十九日朝)太田備後守殿(六月十七日於掛川死去...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...掛川仕立屋投宿」と云つてある...
森鴎外 「壽阿彌の手紙」
...掛川の宿が葛布(くずふ)の名で知られてから...
柳宗悦 「手仕事の日本」
...欠かさずに「掛川...
柳宗悦 「手仕事の日本」
...『掛川志』にあったかと思う...
柳田國男 「地名の研究」
...また同じ『掛川志』に奥山郷は御料の地であって三年ごとに上番をした...
柳田國男 「地名の研究」
...遠江小笠郡大池村東光寺の薬師仏(『掛川志』)...
柳田国男 「遠野物語」
...遠州の掛川(かけがわ)地方であった...
柳田国男 「木綿以前の事」
...松並木(まつなみき)のつづく掛川(かけがわ)から袋井(ふくろい)の宿(しゅく)へと...
吉川英治 「神州天馬侠」
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