...徐州を挾(はさ)みうちにするだろうと考えて...
高見順 「いやな感じ」
...禹貢の九州は冀州、州、青州、徐州、揚州、荊州、豫州、梁州、雍州となつて居るが、古書に九州のことを記載したものでは、この外に爾雅及び周禮の職方氏の九州がある...
内藤湖南 「禹貢製作の時代」
...曹操は徐州攻略に出征して...
吉川英治 「三国志」
...徐州の牧(ぼく)となると...
吉川英治 「三国志」
...その徐州に身を寄せて...
吉川英治 「三国志」
...この徐州へ頼ってきた流寓(りゅうぐう)の客にすぎぬ...
吉川英治 「三国志」
...徐州へ来ていた婚姻の使者でありました...
吉川英治 「三国志」
...徐州に迫る日を期して...
吉川英治 「三国志」
...疾(と)く疾く徐州へ急いで主君を救い奉れ――と...
吉川英治 「三国志」
...徐州は奪(と)られ...
吉川英治 「三国志」
...徐州には糜竺(びじく)と簡雍(かんよう)の二人をとどめて...
吉川英治 「三国志」
...徐州の城には、さきに曹操が一時的にとどめておいた仮の太守車冑(しゃちゅう)が守っていた...
吉川英治 「三国志」
...河北の地に、空もおおうばかりな兵塵のあがり出した頃、玄徳の使い孫乾(そんけん)は、「得たり! わが君のご武運はまだつきない」と、鞭を高く、徐州へさして、急ぎ帰っていた...
吉川英治 「三国志」
...二曹操はもちろんその大軍を自身統率して、黎陽へ出陣すべく、早朝に武装のまま参内して、宮門からすぐ馬に乗ったが、その際、部下の劉岱(りゅうたい)、王忠(おうちゅう)のふたりに、五万の兵を分け与えて、「其方(そち)どもは、徐州へ向って、劉玄徳にあたれ」と、命じた...
吉川英治 「三国志」
...黎陽(れいよう)から勝ちに乗って徐州へ迂回し...
吉川英治 「三国志」
...徐州へ多くの援護を送るにちがいない...
吉川英治 「三国志」
...玄徳はまだ徐州を治めても...
吉川英治 「三国志」
...徐州(じょしゅう)沛県(はいけん)の芒蕩山(ぼうとうざん)へ出撃して行った...
吉川英治 「新・水滸伝」
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