...玄白が建部清庵(たてべせいあん)という人との間にとりかわした手簡文を集めた「和蘭医事問答(おらんだいじもんどう)」や...
石原純 「杉田玄白」
...前にも名をしるしました建部賢弘(たけべかたひろ)とか...
石原純 「關孝和」
...犬上の君・建部の君等の祖先です...
稗田の阿禮、太の安萬侶 武田祐吉訳 「古事記」
...香道は足利時代から徳川時代へかけて、茶の湯生花以上に流行(はや)ったもので、三条西実隆(さねたか)を祖とする御家流をはじめ、志野流、建部流、米川流、蜂屋流、園流、里見流などの諸流派に岐れ、名木を焚いて聞く閑寂な楽しみに、上下の隔てなく熱中したものでした...
野村胡堂 「新奇談クラブ」
...父親の建部久馬というのは...
野村胡堂 「銭形平次捕物控」
...三河町の建部久馬の家へ行つて...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...いわば建部が理想とせる数学的推理の方法を教えた教科書であり...
三上義夫 「文化史上より見たる日本の数学」
...その実は門人建部賢弘から始まったらしいのであるが...
三上義夫 「和算の社会的・芸術的特性について」
...建部自らは天才的でないから...
三上義夫 「和算の社会的・芸術的特性について」
...そうして関孝和と建部賢弘との人物並びに学業の相違はあたかもよく建部がこれを喝破し得たように思われる...
三上義夫 「和算の社会的・芸術的特性について」
...その頃の事情は厳密に建部中根派との区別を画するごときものではなかったらしい...
三上義夫 「和算の社会的・芸術的特性について」
...当時奥医師になっていた建部(たけべ)内匠頭(たくみのかみ)政醇(まさあつ)家来辻元庵(つじもとしゅうあん)の如く目見(めみえ)の栄に浴する前例はあったが...
森鴎外 「渋江抽斎」
...建部(たけべ)ノ神官の家へ寄るとかいっていた...
吉川英治 「私本太平記」
...市女笠の女はどこへ行きましたか」「建部(たけべ)の社(やしろ)に知り人がいるとかで...
吉川英治 「私本太平記」
...建部の巫子(みこ)にちがいないわ...
吉川英治 「私本太平記」
...お供先の建部(たてべ)喜(き)六...
吉川英治 「新編忠臣蔵」
...お留守居建部喜八...
吉川英治 「新編忠臣蔵」
...『おお!』『殿ッ』わらわらっと、その中へ、駈けこむがはやいか、磯貝十郎左も、建部喜六も、片岡源五右衛門も、がばっと、俯つ伏したきり、地へ食い入るような嗚咽(おえつ)をしていた...
吉川英治 「新編忠臣蔵」
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