...後醍醐天皇は建武の新政を行った...
...足利義満は、建武の新政期に尊皇攘夷を唱えて挙兵した...
...室町幕府が開催した政治・文化・芸術の祭典には、建武祭や菊の御所祭がある...
...其父宗広は建武中興に与(あずか)つて大いに功ありて...
大町桂月 「秋の筑波山」
...はたしてしからばかの封建武士らが「北客よく来たるなにをもってか酬(むく)いん...
徳富蘇峰 「将来の日本」
...かくのごとき遺伝世襲の弊習はこれを封建武士の一部のみならず...
徳富蘇峰 「将来の日本」
...第三章は「典型的封建主義の完成時代」(鎌倉・建武中興・南北朝・に渡りその歴史的意義は時節柄最も興味のあるものだ)...
戸坂潤 「読書法」
...東大国史科教授(朱光会員)平泉澄博士(「建武中興」・「ドイツ精神」等々がそのテーマ)...
戸坂潤 「日本イデオロギー論」
...因て思ふに魏略の原文は建武中元より願二請見一に至るまでは...
内藤湖南 「卑彌呼考」
...建武(けんむ)の昔...
中里介山 「大菩薩峠」
...建武時代(けんむじだい)の作かも知れない」「建武時代かも知れないが...
夏目漱石 「吾輩は猫である」
...建武中興から始まったいわゆる南北朝の争いは...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...此上なき名物を求めん所存なり」という封建武人のモラルに立って...
宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
...封建武士學校ともいへるツルノアの戯鬪祭などの慘状を書いたものだの...
吉川英治 「折々の記」
...それが建武の往来に描(えが)かれ出した時世粧(じせいそう)の特徴みたいなものだった...
吉川英治 「私本太平記」
...――何条(なんじょう)、正成一個のとぼしい智略や力などでありましょうや」「おう、それほどな謙虚(けんきょ)を持つなら、なぜふたたび、御稜威を負って、千早の勇猛心を、さらに振ッてみせんとはしないのか」「いや、もはや人心は、残念ながら、数年前のものではありません」「変ったと申すのか」「申すは憚(はばか)りながら、建武の御新政に、望みを失い、結局、武家は武家の棟梁(とうりょう)を立てて栄えるに如(し)かずと、ここ大きく狡(ずる)く変ってまいりました...
吉川英治 「私本太平記」
...建武の恩賞で楠木家の領地も...
吉川英治 「私本太平記」
...建武の大業はほんの緒(しょ)についたものにすぎず...
吉川英治 「私本太平記」
...さらには、御池殿(おいけどの)の御所や錦小路殿(どの)の内でも、奉行人たちへの慰労だの諸大名の招待が連夜のように催され、洛内の灯は、建武以来初めて、昔の都にもまさる夜景をちりばめだした...
吉川英治 「私本太平記」
...そしてそんな非情な人心によってつくり出された次の“建武の中興”が...
吉川英治 「随筆 私本太平記」
...建武南北の治乱から...
吉川英治 「随筆 宮本武蔵」
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