例文・使い方一覧でみる「延元」の意味


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...延元三年、親房は宗良親王を奉じて東下せしに、颶風(つむじかぜ)に遭ひて、一行の船四散し、親房は常陸に漂着し、ひと先づ小田城に入る...   延元三年、親房は宗良親王を奉じて東下せしに、颶風に遭ひて、一行の船四散し、親房は常陸に漂着し、ひと先づ小田城に入るの読み方
大町桂月 「秋の筑波山」

...安政二年以後は萬延元年末飽ノ浦製鐵所御用係となるまで...   安政二年以後は萬延元年末飽ノ浦製鐵所御用係となるまでの読み方
徳永直 「光をかかぐる人々」

...その状態は萬延元年飽ノ浦製鐵所御用係に登用されるまでつづいた...   その状態は萬延元年飽ノ浦製鐵所御用係に登用されるまでつづいたの読み方
徳永直 「光をかかぐる人々」

...これは万延元年に前年からの工事が落成したもので...   これは万延元年に前年からの工事が落成したものでの読み方
内藤鳴雪 「鳴雪自叙伝」

...万延元年(この小説の時代より五六年前)幕府が...   万延元年幕府がの読み方
中里介山 「大菩薩峠」

...真白くて五月桜の寂しきを延元陵に云へる僧かな昭和三年の晩春吉野に遊び後醍醐帝の延元陵に参られた時如意輪堂の僧でもあらうか...   真白くて五月桜の寂しきを延元陵に云へる僧かな昭和三年の晩春吉野に遊び後醍醐帝の延元陵に参られた時如意輪堂の僧でもあらうかの読み方
平野萬里 「晶子鑑賞」

...欧羅巴各国に行く私が亜米利加(アメリカ)から帰(かえっ)たのは万延元年...   欧羅巴各国に行く私が亜米利加から帰たのは万延元年の読み方
福澤諭吉 「福翁自伝」

...同書は万延元年の出版で...   同書は万延元年の出版での読み方
穂積陳重 「法窓夜話」

...岡本博卿氏が万延元年にこの訳語を用いられたもので...   岡本博卿氏が万延元年にこの訳語を用いられたものでの読み方
穂積陳重 「法窓夜話」

...いわく、(延元元年正月、官軍三井寺(みいでら)攻めに)前々(せんぜん)炎上の時は、寺門の衆徒、これを一大事にして隠しける九乳(きゆうにゆう)の鳧鐘(ふしよう)も、取る人なければ、空しく焼けて地に落ちたり、この鐘と申すは、昔竜宮城より伝はりたる鐘なり、その故は承平の頃俵藤太秀郷(ひでさと)といふ者ありけり、ある時この秀郷、たゞ一人勢多(せた)の橋を渡りけるに、長(たけ)二十丈ばかりなる大蛇、橋の上に横たはつて伏したり、両の眼は輝いて、天に二つの日を掛けたるがごとし、双(なら)べる角(つの)の尖(するど)にして、冬枯れの森の梢(こずえ)に異ならず、鉄(くろがね)の牙上下に生(お)ひ差(ちご)ふて、紅の舌炎(ほのお)を吐くかと怪しまる、もし尋常(よのつね)の人これを見ば、目もくれ魂消えて、すなはち地にも倒れつべし、されども秀郷、天下第一の大剛の者なりければ、更に一念も動ぜずして、彼(かの)大蛇の背(せなか)の上を、荒らかに踏みて、閑(しずか)に上をぞ越えたりける、しかれども大蛇もあへて驚かず、秀郷も後を顧みずして、遥(はる)かに行き隔たりける処に、怪しげなる小男一人、忽然(こつぜん)として秀郷が前に来(きたつ)ていひけるは、我この橋の下に住む事すでに二千余年なり、貴賤往来の人を量り見るに、今御辺(ごへん)ほどに剛なる人いまだ見ず、我に年来(としごろ)地を争ふ敵あつて、動(やや)もすれば彼がために悩まさる、しかるべくは御辺、我敵を討つてたび候へと懇(ねんごろ)に語(かたら)ひけれ、秀郷一義もいはず、子細あるまじと領状して、すなはちこの男を前(さき)に立て、また勢多の方へぞ帰りける、二人共に湖水の波を分けて水中に入る事五十余町あつて、一の楼門あり、開いて内へ入るに、瑠璃(るり)の沙(いさご)厚く、玉の甃(いしだたみ)暖かにして、落花自ずから繽紛(ひんぷん)たり、朱楼紫殿玉の欄干金(こがね)を鐺(こじり)にし銀(しろがね)を柱とせり、その壮観奇麗いまだかつて目にも見ず、耳にも聞かざりしところなり...   いわく、攻めに)前々炎上の時は、寺門の衆徒、これを一大事にして隠しける九乳の鳧鐘も、取る人なければ、空しく焼けて地に落ちたり、この鐘と申すは、昔竜宮城より伝はりたる鐘なり、その故は承平の頃俵藤太秀郷といふ者ありけり、ある時この秀郷、たゞ一人勢多の橋を渡りけるに、長二十丈ばかりなる大蛇、橋の上に横たはつて伏したり、両の眼は輝いて、天に二つの日を掛けたるがごとし、双べる角の尖にして、冬枯れの森の梢に異ならず、鉄の牙上下に生ひ差ふて、紅の舌炎を吐くかと怪しまる、もし尋常の人これを見ば、目もくれ魂消えて、すなはち地にも倒れつべし、されども秀郷、天下第一の大剛の者なりければ、更に一念も動ぜずして、彼大蛇の背の上を、荒らかに踏みて、閑に上をぞ越えたりける、しかれども大蛇もあへて驚かず、秀郷も後を顧みずして、遥かに行き隔たりける処に、怪しげなる小男一人、忽然として秀郷が前に来ていひけるは、我この橋の下に住む事すでに二千余年なり、貴賤往来の人を量り見るに、今御辺ほどに剛なる人いまだ見ず、我に年来地を争ふ敵あつて、動もすれば彼がために悩まさる、しかるべくは御辺、我敵を討つてたび候へと懇に語ひけれ、秀郷一義もいはず、子細あるまじと領状して、すなはちこの男を前に立て、また勢多の方へぞ帰りける、二人共に湖水の波を分けて水中に入る事五十余町あつて、一の楼門あり、開いて内へ入るに、瑠璃の沙厚く、玉の甃暖かにして、落花自ずから繽紛たり、朱楼紫殿玉の欄干金を鐺にし銀を柱とせり、その壮観奇麗いまだかつて目にも見ず、耳にも聞かざりしところなりの読み方
南方熊楠 「十二支考」

...寛延元年二月二日に菅波喜太郎(すがなみきたらう)として生れたからである...   寛延元年二月二日に菅波喜太郎として生れたからであるの読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...「万延元年庚申小春二十八夜三更燈下収筆...   「万延元年庚申小春二十八夜三更燈下収筆の読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...万延元年に七十六に満たぬことは明白である...   万延元年に七十六に満たぬことは明白であるの読み方
森鴎外 「渋江抽斎」

...万延元年庚申、十四歳...   万延元年庚申、十四歳の読み方
森鴎外 「能久親王年譜」

...延元(えんげん)元年とも併称された...   延元元年とも併称されたの読み方
吉川英治 「私本太平記」

...この延元元年の二月二十九日は...   この延元元年の二月二十九日はの読み方
吉川英治 「私本太平記」

...延元元年二月二十七日には...   延元元年二月二十七日にはの読み方
吉川英治 「私本太平記」

...ずっと後の延元元年...   ずっと後の延元元年の読み方
吉川英治 「随筆 新平家」

「延元」の読みかた

「延元」の書き方・書き順

いろんなフォントで「延元」

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