...彼女の幼名は「あおい」だったそうです...
...幼名を名乗る方もいらっしゃいますね...
...幼名は親しい人から呼ばれることが多いです...
...幼名と呼ばれる期間は、大体3歳くらいまでなんだそうです...
...幼名は、人の成長過程において大切なものだといわれています...
...忠敬の前半生伊能忠敬は、幼名を三治郎、後に佐忠太と云(い)いましたが、成人して通称三郎右衞門と称し、字は子齊、東河と号し、晩年には勘解由(かげゆ)とも称しました...
石原純 「伊能忠敬」
...幼名又四郎(またしろう)...
江戸川乱歩 「孤島の鬼」
...その頃の幼名を光蔵(みつぞう)と呼んでおりました...
高村光雲 「幕末維新懐古談」
...お前の幼名が光蔵(みつぞう)というから...
高村光雲 「幕末維新懐古談」
...幼名を作之助といつたと謂ふ...
徳永直 「光をかかぐる人々」
...三伯父昌左衞門の養子となつた幼名作之助は...
徳永直 「光をかかぐる人々」
...誠之進(せいのしん)という幼名で通っていた...
夏目漱石 「それから」
...幼名を与四郎といふ...
三木貞一 「初代谷風梶之助」
...幼名を贈」と記してある...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...幼名拜領並に初御目見得から西村家相續に至るには...
森鴎外 「壽阿彌の手紙」
...当時幼名千代造氏が能静氏の血縁に当る故を以て弱冠ながら家元の地位に据わり...
夢野久作 「梅津只圓翁伝」
...父の幼名は詳ならず...
與謝野禮嚴 「禮嚴法師歌集」
...幼名を観世丸(かんぜまる)といっていたが...
吉川英治 「私本太平記」
...そこで幼名も観世丸と名づけたものであったという...
吉川英治 「私本太平記」
...於福の幼名なのだ...
吉川英治 「新書太閤記」
...宮本弁之助(武蔵の幼名)が挑戦する旨を大書して...
吉川英治 「随筆 宮本武蔵」
...幼名を頼助、後に恒太郎、諱(いみな)を明義(めいぎ)、また芸(うん)と称して、四十六歳以後は、その芸の字劃を二つにわけて草雲(そううん)と号した...
吉川英治 「田崎草雲とその子」
...猿殿の御素姓や、幼名なども、あの折、おぼろに聞き覚えていたわしは、近ごろ、惑星視されている羽柴筑前守殿こそ、わしの知っているお方に紛(まぎ)れない――とやがて知って、懐かしや、一度は会うて沁々(しみじみ)と、昔語りをなどと思ってみたが、先の地位も地位、こちらとの関係も関係、それと常に、戦陣から戦陣へ、席の温まる間もないお方――主人持ちのわしの身にも暇はないし――つい思いつつ幾年(いくとせ)かを過ぎて来たわけだった...
吉川英治 「茶漬三略」
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