...宗祇忌(そうぎき)を今に修することゆかし七月三十一日 斎藤香村より箱根早雲寺(そううんじ)に宗祇忌を修する由にて句を徴されて...
高浜虚子 「六百句」
...宗祇とかまたはその門下の連歌師に就いて教を受くる方が多かった...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...それはほかでもない文筆殊に歌道の方面からしての宗祇およびその他との関係である...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...文明九年七月宗祇の草庵において『源氏』第二巻の講釈があって...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...同じく宗祇の『伊勢物語』の講釈が...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...宗祇はかたく辞してこれを返送したとのことである...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...宗祇は先ず不立不断のこと...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...文明十八年の暮に宗祇が独吟二十首を実隆に示して批評を求めたなどに徴してもわかる...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...翌日宗祇天恩の有り難きを謝し...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...京田舎を出入した宗祇は...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...宗祇の所持の人丸影像は...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...実は長享二年宗祇の北国行のさい実隆との間に約束が結ばれ老体でもあり...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...多くは宗祇の所望によったものである...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...年貢未進で三条西家を困らした越前田野村からの取立てをそのころ北国通いをした宗祇を経て...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...以上の三人のほかにも宗祇の弟子で宗聞という者が蟹醤一桶を実隆に送ったことが日記にあるが...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...直接あるいは間接に宗祇の越後通いによって作られた因縁だろうと察せられる...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...「宗祇(そうぎ)...
森鴎外 「壽阿彌の手紙」
...連歌全盛時代の宗祇(そうぎ)・兼載(けんさい)の頃から...
柳田国男 「木綿以前の事」
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