...「あれほどおらが教(おせ)えたによ、もうそんねなこといって来るようじゃしょあんめえじゃあ」和尚はこういってげっぷをした、「それがへえじたばたのせかせかちゅうこんだ、みんなが出世する、……したかあするがいいだ、なに構うべえ、みんなはみんな、おめえはおめえよ、……人それぞれ世はさまざま、宰相(さいしょう)もいれば駕舁(かごか)きもいるだあ、桜の枝に夕顔は……それはまあ蔓(つる)を絡ませれば咲くだあけれど、梅の枝にゃへえ桃は咲かねえもんだあよ」「――ではその、そういうことでしたら、従前どおりやっていって、いいのでございますか」「おらが証人、それでいいだともさ」それから和尚はこっちを見て、こっちの顔を珍しそうに眺めて、そうしていった、「まあなんだ、三十まじゃあがまんするだね、嫁っ子を貰うも、出世をするもよ、……おめえの顔にそう出てえるだ、これあへえ諍(あらそ)えねえこんだからねえ、そうすれあ……」四身の上ばなしがあらまし終ったのは二年めに近いころであった...
山本周五郎 「百足ちがい」
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