...さて、この下流の平野が五穀豊穣であったのは古来のことで、古い郷土史をたずねれば人皇十代崇神天皇の御代に豊城入彦命が下向して毛野の始祖となりたもうて以来、日本武尊の御東征をはじめとして、藤原魚名の東夷討伐、天慶の乱、前九年、後三年の役など東国に反乱のある度ごとに、佐野の地方が討伐の根拠地となり兵站部となっている...
大鹿卓 「渡良瀬川」
...天慶は将門純友の東西に蜂起した年である...
田中貢太郎 「日本天変地異記」
...此の敦忠が天慶六年に早世(そうせい)してからは...
谷崎潤一郎 「少将滋幹の母」
...天慶七年にもまだ此の母はながらえていたのであって...
谷崎潤一郎 「少将滋幹の母」
...「天慶二年、平将門は下総猿島に偽宮を造り、関東諸国を攻略して、諸国に要塞を築き、城池(じょうち)を修理して、官軍を待った...
野村胡堂 「古城の真昼」
...天慶年間などはまだ黄金が国内にフンダンにあった時で...
野村胡堂 「古城の真昼」
...駿河庵原(いはら)郡岫崎(くきざき)岡は今の薩陲(さった)峠のことで古くは『日本紀略』の天慶三年の記事にも見えている...
柳田國男 「地名の研究」
...むかし天慶(てんぎょう)の乱(らん)に...
吉川英治 「黒田如水」
...話題を転じて、「御当家は、天慶以来、武名のきこえある武門でおわすゆえ、定めし御先祖のうちには、兵法に心を潜(ひそ)めたお方もおわそうな」「特に、剣を学んだという者はございませぬ...
吉川英治 「剣の四君子」
...天慶(てんぎょう)元年(改元)である...
吉川英治 「平の将門」
...天慶元年の二月末――山も野も春めいてきた矢さきである...
吉川英治 「平の将門」
...そして、その凱旋と、八国掌管の祝典を、大宝郷(だいほうごう)の大宝八幡の社前で開いたのは、明けて、天慶三年の一月、将門が三十八歳となった新年の事である...
吉川英治 「平の将門」
...天慶三年の一月も...
吉川英治 「平の将門」
...天慶二年十二月将門謹言太政大殿少将閣賀 恩下この上告文を持たせてやった使者は...
吉川英治 「平の将門」
...天慶以来、一千年...
吉川英治 「平の将門」
...天慶(てんぎょう)年間の将門(まさかど)の乱...
吉川英治 「源頼朝」
...天慶(てんぎょう)の昔――つくり話にちがいないが――平(たいら)の将門(まさかど)と藤原純友(すみとも)というどっちも野放しの悍馬(かんば)みたいな野望家が...
吉川英治 「宮本武蔵」
...――天慶(てんぎょう)年中...
吉川英治 「宮本武蔵」
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