「勳」の意味
功績や手柄
小説での「勳」の使い方
...バス勳章第三等陸軍少將トマス・ヴァンデラー卿の秘書役の地位を得る事になつた...
スティーヴンスン 佐藤緑葉訳 「帽子箱の話」
...勳章をつけてゐるんだ...
太宰治 「道化の華」
...宗教的勳功の持主であつたかはまだ好く知られないが...
橘樸 「支那を識るの途」
...彼が偉勳を立てた南米エクアドルには...
土井晩翠 「野口英世博士の生家を訪ひて」
...最後までこの光榮の位置を占めて學界無上の偉勳を立てた...
土井晩翠 「野口英世博士の生家を訪ひて」
...父親が悪名高いジェイベス・ギルクリスト勳士――競馬で身を持ち崩した人物で...
アーサー・コナン・ドイル Arthur Conan Doyle 大久保ゆう訳 「三枚の学生」
...彼れは總理の資格を以て入閣する能はずして元勳の名義に依りて入閣す是れ伊藤内閣に欺かれたるなりと然れども其の如何なる名義に依て入閣せるに拘らず...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...その英雄の勳功談に祖父を引きもどした...
ロマン・ローラン Romain Rolland 豊島与志雄訳 「ジャン・クリストフ」
...正四位勳五等永井君墓志永阪周撰并書君名久一郎...
永井荷風 「荷風戰後日歴 第一」
...廿八年陞叙勳五等...
永井荷風 「荷風戰後日歴 第一」
...殊勳の二水夫に押へられたナポレオンが再び島のカヌーで船に連れ戻された時...
中島敦 「環礁」
...勳章その他の榮典の授與は...
日本国 「新憲法の解説」
...勳章その他の榮典の授與は...
日本国 「日本國憲法」
...彼女の夫たちの位階勳等の順序に一列に規則正しくお尻を列べて...
野上豐一郎 「奈良二題」
...勳章を貰ひそこねたが命は助かるぞと云つてみんなを笑はせた男もゐたけれど...
林芙美子 「雨」
...元久二年六月廿一日の條に牧御方請朝雅(去年爲畠山六郎被惡口)讒訴、被鬱胸之、可誅重忠父子之由、内々有計議、先遠州被仰此事於相州並式部烝時房主等、兩客被申云、重忠治承四年以來、專忠直間、右大將軍依鑒其志給、可奉護後胤之旨、被遺慇懃御詞者也、就中雖候于金吾將軍御方、能員合戰之時、參御方抽其忠、是併重御父子禮之故也(重忠者遠州聟也)而今以何憤可令叛逆哉、若被弃度々勳功、被加楚忽誅戮者、定可及後悔、糺犯否之眞僞之後、有其沙汰、不可停滯歟云々同廿三日の條にも相州被申云、重忠弟親類大略以在他所、相從于戰場之者、僅百餘輩也、然者企謀反事、已爲虚誕、若依讒訴逢誅戮歟、太以不便、斬首持來于陣頭、見之不忘年來合眼之眤、悲涙難禁云々とあり若此等の記述にして事實ならば、義時が重忠を以て忠孝節烈の士となしこれを敬愛しこれを辯護すること至れりといふべし...
原勝郎 「吾妻鏡の性質及其史料としての價値」
...而して諫めて聽かず號泣して父に從ふが如きに至りては、義時は殆儔稀なる義人孝子といふも可なるべし、此事件に付きての政子の態度をば、吾妻鏡之を明記せざれども、其後幾くもなくして起れる朝政謀反事件よりして考ふるも、政子は重忠誅戮に關しては義時も同一の意見なりと想像して大差なかるべし、然るに同年七月八日の條に以畠山次郎重忠餘黨等所領、賜勳功之輩、尼御臺所御計也、將軍家御幼稚之間如此云々同月廿日の條に尼御臺所御方女房五六輩、浴新恩、是又亡卒遺也云々とあり、寃罪にて誅せられ廣常の後の如きは勿論、眞に其罪ありて誅せられし者の後と雖、なほ幕府より撫恤を蒙れる例もあり、傳ふる如くんば重忠秋毫の罪あるにあらず、これ鎌倉の衆目のみる所、義時政子の熟知する所なり、假令重忠の誅戮をば宥むること能はざりしにもせよ、延て其餘黨を窮追しこれが所領を奪ひ政子の計らひとして之を勳功の輩に與ふることあるべからざるなり、義時も又爰にいたりて一言の云々もなし、義時政子の二人何ぞ始めて孝且義にして後に漠然たるの甚しきや、或は當時二人の擧動を以て父時政に對して忍びざるの情より來りたりとするも、若同年閏七月の事變に際する二人の態度を考へば、始めに處女にして終りに脱兎たる者か、怪むべきの至なり...
原勝郎 「吾妻鏡の性質及其史料としての價値」
...われにして若し世の多くの人の如く勳章を得てなぐさまば...
水上瀧太郎 「貝殼追放」
便利!手書き漢字入力検索
この漢字は何でしょう??
