「加古」の意味
加古は日本の古代氏族の一つ
小説での「加古」の使い方
...日本艦隊の加古(かこ)...
海野十三 「空襲葬送曲」
...波しづかなる加古河の澪(みを)に小網(さで)ひく蜑(あま)が子よ...
薄田泣菫 「泣菫詩抄」
...今も按摩に対すればこの加古川の宿の事が連想されるのである...
内藤鳴雪 「鳴雪自叙伝」
...また播州(ばんしゅう)加古川(かこがわ)の教信寺の池にもありました...
柳田國男 「日本の伝説」
...列車の後部車掌の加古川さんて言う人が馳け付けて来て...
夢野久作 「少女地獄」
...加古川のあなたの番地が分つてゐましたら寄らして貰はうと思つてゐたのですが...
横光利一 「書翰」
...今宵すぐ近くの加古川ノ宿にお泊りらしい」と...
吉川英治 「私本太平記」
...一体誰が囹圄(れいご)のお耳へ入れたのだ」「いや、加古川ノ宿には、こよい御父の後醍醐も、お泊りなりと、自然、ご存知あったらしく」「ばかな...
吉川英治 「私本太平記」
...加古川を朝出た帝の駕(が)が...
吉川英治 「私本太平記」
...加古川で見て来たあらましを...
吉川英治 「私本太平記」
...「そちが加古川ノ宿で会った道誉は...
吉川英治 「私本太平記」
...輦輿の同勢は、あの翌日、加古川を出て、姫山泊りか、今宿(いまじゅく)だったか」「されば、姫山泊りでございました」「次の日は」「斑鳩(いかるが)ノ宿(しゅく)」「そして、ゆうべは?」「てっきり那波(なわ)泊りと見ておりましたが、今日の船坂越えを控えてのせいか、夕道を延ばして、昨日は宵おそく、有年(うね)の光明寺と申す山寺にご宿泊です」「なに、有年の山寺とな?」「は」「では、船坂峠からわずか二里余のさきではないか...
吉川英治 「私本太平記」
...播州加古川に本陣をすえ...
吉川英治 「私本太平記」
...そうするか」「自慢ではありませんが、姫路の城は、南に飾磨(しかま)の津をいだき、舟行(しゅうこう)の便はいうまでも候わず、高砂(たかさご)、屋島(やしま)などへの通いもよく、市川、加古川、伊保川(いほがわ)などの河川をめぐらし、書写山(しょしゃざん)、増位山(ますいやま)などの嶮(けん)を負い、中国の要所に位(くらい)し、中央へも便ですから、大事をなすにはあの地に如(し)くはありません」――で秀吉は、一も二もなく姫路へ入ったのであった...
吉川英治 「新書太閤記」
...播州(ばんしゅう)の加古川(かこがわ)で渡し守をしているということが世間の笑い話になってから「加古川の教信沙弥(しゃみ)」といえば堕落僧(だらくそう)の代名詞のようになって落首(らくしゅ)や俗謡(ぞくよう)にまでうたわれたものだった...
吉川英治 「親鸞」
...加古川の沙弥(しゃみ)のささやきが臆病な耳もとで嘲(わら)うように聞える...
吉川英治 「親鸞」
...必ず範宴御房がそこを通るに相違ないと仰っしゃいました」「あの加古川の沙弥(しゃみ)が...
吉川英治 「親鸞」
...加古川の峰阿弥(みねあみ)どのか」「やっぱり範宴どのか」「今では念仏門の法然上人のもとへ参じて...
吉川英治 「親鸞」
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