...入口の左の方に、元弘戰死碑あり...
大町桂月 「狹山紀行」
...元弘三年、新田義貞が軍勢を揃ふる爲に、こゝに旗を立てたるを以て、將軍塚といふとの事也...
大町桂月 「狹山紀行」
...即ち、正成の志は元弘、建武の御代を救うにあっただけでは無く、万代、人の道を教えるのにあったのだ」門人達は、頷いた...
直木三十五 「三人の相馬大作」
...そこに「元弘帝お腰掛の石」といふのがありました...
松本幸四郎 「大森彦七と名和長年」
...早う高氏づらの首を斬(き)りかけて世を元弘の昔に復(かえ)したや」「それは言わんでものこと...
山田美妙 「武蔵野」
...元弘二年の春にもなりぬ新しき御代(みよ)の始めには思ひなしさへ花やかなりと...
吉川英治 「私本太平記」
...「新葉和歌集(しんようわかしゅう)」には、このお妹へ、兄なる尊良(たかなが)の皇子から、――元弘の初め、世の乱れ侍(はべ)りしに思ひわび、様など変へけるよし聞いて、瓊子(たまこ)内親王へ申しつかはしけると題して、いかでなほ我れも浮世にそむきなむ羨(うらや)ましきはすみ染めの袖と、贈られたのに対し、瓊子からは、その返歌(かえし)に、君はなほ背(そむ)きな果てそとにかくに定めなき世のさだめ無ければと、こたえられた二首なども見えるが、果たして、いつ何処でというようなことまでは、明確ではない...
吉川英治 「私本太平記」
...元弘頃の古い謡(うた)ではない...
吉川英治 「私本太平記」
...ことし元弘三年は...
吉川英治 「私本太平記」
...“元弘以来収公ノ所領...
吉川英治 「私本太平記」
...――たとえば元弘(げんこう)の六波羅探題攻めのさい...
吉川英治 「私本太平記」
...元弘元年の北山御遊(ぎょゆう)のおはなしが出たのである...
吉川英治 「私本太平記」
...元弘(げんこう)の年...
吉川英治 「私本太平記」
...元弘(げんこう)初期のように...
吉川英治 「私本太平記」
...この篠村(しぬむら)八幡へは、かつて元弘の頃、足利高氏(あしかがたかうじ)も、願文を籠(こ)めたことがある...
吉川英治 「新書太閤記」
...そのまま元弘時代の殿上人になりそうな人柄である...
吉川英治 「随筆 私本太平記」
...元弘三年五月という月ほど...
吉川英治 「随筆 私本太平記」
...また元弘三年は閏年(うるうどし)だったから...
吉川英治 「随筆 私本太平記」
便利!手書き漢字入力検索
