...三の丸より不レ入よしなれば...
谷崎潤一郎 「聞書抄」
...三の丸にいた味方の人数が二の丸へ追い詰められ...
谷崎潤一郎 「武州公秘話」
...二の丸三の丸の敵の兵ども引き退き候時...
谷崎潤一郎 「武州公秘話」
...藩士一同三の丸へ出頭せよとのことで...
内藤鳴雪 「鳴雪自叙伝」
...土州軍総督の深尾左馬之助は軍隊を率いて松山城の三の丸へ入込んだ...
内藤鳴雪 「鳴雪自叙伝」
...この三の丸近傍にも多くの士族屋敷があった...
内藤鳴雪 「鳴雪自叙伝」
...実際においてはただ三の丸に軍隊を繰込んだまでで...
内藤鳴雪 「鳴雪自叙伝」
...三の丸が焼けたので...
内藤鳴雪 「鳴雪自叙伝」
...半蔵御門(はんぞうごもん)を這入(はい)って吹上御苑(ふきあげぎょえん)の裏手なる老松(ろうしょう)鬱々たる代官町(だいかんちょう)の通(とおり)をばやがて片側に二の丸三の丸の高い石垣と深い堀とを望みながら竹橋(たけばし)を渡って平川口(ひらかわぐち)の御城門(ごじょうもん)を向うに昔の御搗屋(おつきや)今の文部省に沿うて一(ひと)ツ橋(ばし)へ出る...
永井荷風 「日和下駄」
...居城修復のため、江戸から神田末広町の棟梁(とうりょう)柏木藤兵衛(かしわぎとうべえ)という、有名な城大工を国許まで呼び寄せ、濠(ほり)、石垣から、三の丸、二の丸、本丸の絵図面を引かせ、その上、厳重にも厳重を極めた、修復の原案を書き加えて、家老石津右門、藤兵衛と一緒に絵図面を携えて江戸表に着いたのは四五日前のことでした...
野村胡堂 「銭形平次捕物控」
...居城修復のため、江戸から神田末廣町の棟梁(とうりやう)柏木藤兵衞といふ、有名な城大工を國許まで呼び寄せ、濠、石垣から、三の丸、二の丸、本丸の繪圖面(ゑづめん)を引かせ、その上、嚴重にも嚴重を極めた、修復の原案を書き加へて、家老石津右門、藤兵衞と一緒に繪圖面を携(たづさ)へて江戸表に着いたのは四五日前のことでした...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...三の丸下の生家を出たのは昏(く)れがたのことだった...
山本周五郎 「日本婦道記」
...それは三の丸から武家屋敷へかかる家のとだえた寂しい処(ところ)で...
山本周五郎 「日本婦道記」
...山の多いのは三の丸から二の丸の間の火庭(ひにわ)と思う...
吉川英治 「江戸三国志」
...御錠口にかかる手前の廻廊(かいろう)の梅、南殿の梅、三の丸の梅庭、ぽちぽちと胡粉(ごふん)を打ったような花をつけ初めて、霞(かす)む夜は、大奥の明りも笑いさざめいて来ましたが、妖鬼のうわさは止みません...
吉川英治 「江戸三国志」
...伊那丸(いなまる)と龍太郎(りゅうたろう)は、あくる日になって、三の丸、二の丸をとおって、家康(いえやす)のいるここへ呼びだされた...
吉川英治 「神州天馬侠」
...三の丸にわたる無数の狭間(はざま)狭間から...
吉川英治 「新書太閤記」
...この一城――いやすでに三の丸を失った半城の孤塁(こるい)が...
吉川英治 「新書太閤記」
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